コラム ロジックモデル

コラム

ステークホルダー分析の重要性

ロジックモデルの作成は、事業を通じて「将来的に誰にどういった変化・価値をもたらすことを目指しているのか」を明確化することから始まります。その意味で、事業の受益者が検討の出発点です。一方で、受益者に限らず、多様なステークホルダー(利害関係者)を洗い出し分析することは、事業がもたらす変化・効果(アウトカム)を網羅的に把握する上でも、そして事業を円滑に推進する上でも重要です。

多くの場合、事業がもたらす変化・効果の範囲は、事業の直接の対象者に限りません。例えば教育分野における学習支援では、事業の結果生まれるポジティブな変化は、事業の直接の対象者である子どもだけでなく、親や事業の担い手(教える側)にも発生するかもしれません。また、事業を実施した結果、予期せぬネガティブな変化を起こしてしまうこともあります。ステークホルダーを網羅的に洗い出すことは、事業がネガティブな変化をもたらす可能性を検討する上でも役に立ちます。

さらに、ステークホルダーは受益者やネガティブな影響を受ける人や組織だけを指すわけではありません。例えば、国際開発分野ではステークホルダーを以下の8つに分類し、事業の計画時にこれらのステークホルダーの洗い出し、抱えている問題点やニーズ、強みといった点についての現状分析を行います。

受益者便益を受ける関係者
マイナスの影響を受ける者マイナスの影響を受ける関係者
実施者プロジェクトを実施する関係者
協力者プロジェクトの実施を支援する関係者
潜在的反対者反対、妨害が予想される関係者
地域代表者地域を代表する関係者
決定者物事を決定する関係者
費用負担者費用を負担する関係者

出所:国際開発機構(2007)
「PCM 開発援助のためのプロジェクト・サイクル・マネジメント 参加型計画編」を一部改変。

こうした分析を行うことで、受益者のニーズを把握することはもちろんのこと、事業を行う上で活用可能な社会資源を把握したり、逆に阻害要因となりうるステークホルダーを把握し事前に対策を検討したりすることができ、事業の円滑な推進につながるわけです。

アウトカムの因果関係

ロジックモデルにおいては、活動→アウトプット→アウトカムと矢印でつながれた項目のあいだに「だからどうなる」という因果関係を想定しています。例えば、XXの分野において、「○○○」という活動(事業活動)の直接の結果として、「○○○」というアウトプットが生じ、それによって「○○○」というアウトカム(成果)が生じると考えます。そして、アウトカムにも「初期」「中期」「長期」とあるように、それぞれの間で「だからどうなる」の因果関係を考え、相互のつながりを図式化することによって、事業の最終目標がいかに達成されるかをロジックで示すことになります。

ところが、世の中の事象は、必ずしもこのような直線的な因果関係で説明できるものは少なく、ロジックモデルはあくまでも「だからどうなる」を整理して単純化するためのツールだということを意識することが必要です。昨今では、複雑系の理論やシステム理論の知見を得て、評価理論の中にも、構成要素の相互依存性、エマージェンス論、非単線系の変化などを評価の実践に取り入れようという動きが加速しています。セオリー・オブ・チェンジ(変化の理論)は、ロジックモデルも包含する変化のロジックをより幅広い観点から捉えるモデルとして使われており、そこでは、事業を直接構成する要素のみならず、間接的に関係する要素も視野に入れ、それらの間の因果関係を逆進性や再帰性も含めて考える場合が多くなっています。

インパクト評価について

評価専門家のあいだでは、「インパクト評価」という用語は、特定の学術的意味をもつことばとして使われています。RCT(ランダム化比較試験)の手法がもっとも知られている「インパクト評価」の手法ですが、そこでは、介入(事業の実施)によって何が起きたかを測る、すなわち介入によるアウトカム(成果)だけを取り出すことを最大の目的としています。その意味で、「インパクト」は「ネット・アウトカム(純アウトカム)」とも表現されます。

 この「インパクト評価」は、評価の科学的な精緻化が進んでいる分野であり、事業とインパクトの間の「帰属性」の検証に重きをおいた方法です。介入があった群となかった群との比較が重要となり、そのため、事業対象に影響をもたらす介入以外の要因を最小化するための技術・手法が開発されています。例えば、就労支援事業の受益者の若者とそうでない若者の間に、そもそも属性(やる気、家族の状況、地域等)の違いがあれば、介入の有無に就労率といった変化の違いを帰属させることはできません。

 このように厳密さを求めた実験的手法を現実の社会課題解決のための介入に当てはめることについては、倫理的側面やコストの面からその活用の限界が指摘されている一方、「インパクト評価」においてもこれらの限界を克服する革新が提案されています。

(内閣府「社会的インパクト評価の推進に向けて」(2016年) コラム2『「インパクト評価」と「社会的インパクト評価」について』(p.35)参照)

SROIにおけるインパクト考察の留意

SROI(社会的投資利益率)においては、事業において発生したと想定されるインパクトに対し、いくつかの留保をつけて考えるようにしています。『コラム:「インパクト評価」について』で述べた「帰属性」の問題もその一つですが(SROIでは、「寄与率」という用語を使います)、それ以外にも、以下のような要素について、インパクトが過大に、あるいは過小に評価されてしまうリスクも考慮することが必要とされています。

・デッド・ウェイト(死荷重)

 「プロジェクトや事業を実施しなかったとしても、発生したと思われるインパクト」がデッド・ウェイトです。例えば、景気回復局面において、就業率がそれに比例して改善した場合等のケースが考えられるでしょう。対照群を設定してのインパクト評価の場合には、対照群のインパクトを介入群のインパクトから差し引くことでデッド・ウェイトを除外することができますが、それ以外の場合にも、何らかのデッド・ウェイトの想定をすることが適切な場合があるでしょう。

・ディスプレースメント(代替率)

「介入によって発生するポジティブなインパクトと同時に、ネガティブなインパクトが発生する割合」がディスプレースメントです。例えば、就労支援のプロジェクトの実施によって、就労意欲を喚起される受益者もいれば、逆に自信を失ってしまう受益者もいるというように、一つの介入においても、ポジティブとネガティブなインパクトが発生することはよくあります。このうち、ネガティブなインパクトは特に見過ごされがちですが、社会的インパクト評価においては、こうしたネガティブなインパクトについても評価の対象とすべきでしょう。

・ドロップ・オフ(逓減率)

 「長期間、特に複数年にわたって発生するインパクトが、その効果を徐々に失ってゆく割合」がドロップ・オフです。例えば、何らかのトレーニングを実施した場合に、介入によって発生するインパクトは、実施後の時間が経過するにしたがって逓減することが想定されます。こうした逓減するインパクトについては、一定期間ごとに逓減割合についての想定を設定することができるでしょう。

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