分野別例:スポーツ
分野別例:スポーツ
Ⅰ. はじめに
I.1. 「スポーツ」ツールセットについて
本評価ツールでは「スポーツ」を分野として取り上げています。
2017年3月に策定された国の「第2期スポーツ基本計画[1]」(以下、「スポーツ基本計画」)では2021年までの5カ年計画が策定されており、4つの政策目標や数値目標が設定されています。また、社会的インパクト評価の手法を用いたスタジアム・アリーナの効果検証[2]が行われるなど、スポーツの価値の具現化、成果の可視化への取り組みがなされてきています。2019年のラグビーワールドカップや2020年の東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催等を控え、今後さらにスポーツの価値や成果をより多面的に検証する必要性が高まると考えられます。左記の動向、潮流を踏まえた上で、本評価ツールでは「スポーツ」の中でも、様々な受益者が価値を共創し、社会的課題の解決を事業の目標の中心においている事例も多い「スポーツイベント」に焦点を当て、「スポーツイベント」がもたらす身体、健康面だけでなく、社会的、精神的な面でのアウトカムの検証を試みました(詳細はII.2. アウトカム(成果)のロジックを考える、を参照)。
なお、本評価ツール作成にあたっては、社会的インパクト・マネージメント・イニシアチブ(SIMI)のメンバーに限らず、公募により作成チームのメンバーを募りました。様々な立場で「スポーツ」に関わるメンバーの経験、知見、関心値を持ち寄り、評価ツールの作成を試みました。
I.2. 「スポーツ」の定義について
「スポーツ」と一言で言っても、その定義は様々です。スポーツ基本法においては、「心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵養等のために個人又集団で行われる運動競技その他の身体活動」と定義されています。スポーツ基本計画には、「多面にわたるスポーツの価値を高め」(P.1)とあり、「体を動かすという人間の本源的な欲求に応え、精神的充足をもたらすものである。」(P.3)という「スポーツをする」ことの価値が示されています。「オリンピック・パラリンピック競技種目のようなものだけでなく、野外活動やスポーツ・レクリエーション活動も含まれる。また、新たなルールやスタイルで行うニュースポーツも注目されるようになってきている。」との注釈もあり、するスポーツの種類は非常に広く考えることができます。コンピュータゲームにより競うeスポーツ(エレクトロニック・スポーツ)という領域が広まっており、「身体活動」がどこまで含まれるのかについては議論が繰り広げられています。
また、スポーツへの関わり方としては、スポーツを「する」ことだけでなく「みる」「ささえる」ことも含まれます(P.3)。極限を追求するアスリートの姿は、みる人に感動や勇気や希望を与えることができます。スポーツを応援することにより、みる人がする人の力になることができます。スポーツをささえることは、スポーツが持続可能な社会の発展に貢献するために不可欠な要素です。ささえるという行為は、「自らの意思でスポーツを支援することを広く意味しており、指導者や専門スタ
ッフ、審判等のスポーツの専門家による支援だけでなく、サポーターやボランティアなど様々な形がある。また、スポーツ活動を成り立たせるために、スポーツ団体やチームの経営を担ったり、スポーツ用品や施設の提供を行ったりすることも含まれる。」(P.4)とされています。
このように、スポーツには多面的な価値があり、だれにでも様々な関わり方(参画)ができ、一言で定義しきれない深い意味があり、その定義や役割は社会の中で変化することがあるということを理解しながらロジックモデルを考えると、これからの社会に求められるスポーツの在り方をみんなで楽しく考えることができるでしょう。
なお、以降では「ロジックモデル」、「アウトカム」や「アウトプット」といった用語を使用し ていますが、定義についてはロジックモデル基本解説を参照して下さい。また、本評価ツールセットでは、ロジックモデルの例とアウトカムを測定するための指標例を掲載し、本評価ツールセットの利用者の方がロジックモデルを作成したり、アウトカムのモニタリング・評価をしたりする際の参考にしていただくことを企図しています。一方で、事業が生み出す社会的インパクトに基づき事業を運営する上では、ロジックモデルを作成したり、アウトカムの評価をしたりするだけでなく、アウトプットについてモニタリング・評価をすることも重要です。ロジッ クモデルのとおり意図したアウトカムを生み出すためには、計画通りの量と質でアウトプットを出すことが前提だからです。こうした評価を、専門的にはプロセス評価と呼ばれています。社会的インパクトの情報に基づき事業を運営していく手法を社会的インパクト・マネジメントと SIMI では呼んでいますが、社会的インパクト・マネジメントを実践する上での必要な評価の方法の詳細については、「社会的インパクト・マネジメント実践ガイド」を参照して下さい。
Ⅱ. ロジックモデルをつくる
Ⅱ.1. 事業の目標と受益者を特定する
本評価ツールにおいては、「スポーツイベント」を対象事業としました。日本におけるスポーツイベントの歴史は、1915年の全国中等学校野球選手権甲子園大会の開催から日本全土に広がったと言われ、現在の市場規模は2兆8,468億円と報告されています(日本イベント産業振興協会2017)。その後もスポーツ産業の拡大はとどまるところを知らず、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催決定後はスポーツにかかわる事業体にとって今までにないチャンス、拡大と発展の時代に突入したと言えます。ラグビーワールドカップやハンドボール世界女子選手権、ワールドマスターズ、世界水泳などの開催が前後にあることから2019年からの3年間は「スポーツゴールデンイヤー」とも呼ばれています。
スポーツイベントの類型化は、主にスポーツ経営学、スポーツビジネス分野において行われ、開催規模(参加者・観客数など)や経済規模による分類、参加型か観戦型か、一過性か継続開催であるか、国際的イベントの一部であるか日本における伝統行事であるかなど、開催規模やイベント内容、参加者の性質によって分類することが可能です。
元々イベント効果の研究はツーリズム領域において開始されており(e.g., Ritchie, 1984; Ritchie and Aitken, 1985)、ホールマーク・イベントの分類の1つとして捉えられています(山口ら、
2018)。その効果は、(1)経済、(2)ツーリズム/商業的、(3)身体的、4)社会文化的、(5)心理的、(6)政治的であるとして述べられています (Ritche, 1984)。
前述した社会的背景のなかで、スポーツイベントの持つ社会への影響力の大きさに驚く一方、オリンピックやワールドカップ、プロスポーツチームによるスポーツイベントでなければ(主にポジティブな効果である)社会への影響力を持つことは難しいのであろうか、という問いもまた生まれてくると考えられます。
本評価ツールで示したモデルは、国際規模のスポーツイベントというよりは、比較的都市部において地域に根ざし、地域住民の参画が叶うイベントについて検討したものです。このため、地域の特色(環境や資源)を考慮し適応されることが求められ、そうした前提条件によってモデルの細部がより詳細で多様になること、同時にスポーツイベントの持つ一貫した長期的アウトカムが明らかとなることを期待しています。
本ツールセットにおいては、最終的な目標を達成するため様々な受益者(ステークホルダー)が価値を共創しているという立場に立っています。受益者としては、以下を念頭においています。
- 選手、監督、マネージャー
観戦型イベントにおいて選手らが中核的プロダクトである「ゲーム(試合)」を生み出していることは明らかですが、参加型イベントにおいてもプロスポーツの選手や監督、マネージャーらが重要なアクターとしてイベントを作り上げている事例は多くあります。
- イベント運営組織
イベントの企画・運営を担う組織の規模は、イベント自体の規模だけでなく母体組織の有無やスポンサー企業との関係性、民間イベント会社との協力関係によって様々です。そのため、本評価ツールでは「イベント運営組織」と呼び名を統一し、イベント前後にわたって活動を行い、実際のイベントに関わる意思決定者が在籍し、イベントを行うにあたって中心となる集団を示すこととします。
- イベント参加者
本評価ツールでは実際にスポーツを行う「参加型スポーツイベント」を対象としたため、多くの資源はイベント参加者に向けて用意されたものです。しかし、最終アウトカムを実現するためには、イベント参加者の数的増大や満足度の向上だけでは不十分であり、本評価ツールではスポーツイベントの唯一の受益者ではなく、他に示した様々なステークホルダーと共に受益者のひとつであるとの立場を支持しています。
- 地域住民
今回対象とした都市部における地域に根ざしたイベントでは地域住民と呼ばれるステークホルダーの中におおよその参加者が包含されていることが多いと考えられます。また、地域住民といえども、イベント会場からの距離(物理的距離)によってのみ地域住民となる場合だけでなく、参加者やボランティアの家族であったり、運営組織と顔見知りであるなど「地域」を媒介とした心理的距離の近い地域住民が存在しています。
- スポンサー
スポーツイベントにおけるスポンサーは、小規模なイベントになるほど金銭的支援だけでなく運営面や物品による支援、メディアとしての機能など多様な役割が期待されています。スポンサー企業の一員でありながら、地域住民やイベント参加者、選手であるといった事例も多く、個人・小規模なグループとして具体的に抽出した場合は他に示したステークホルダーと重なっていることもあります。
- イベントボランティア
イベントの主なステークホルダーはこれまでイベント運営組織、参加者、スポンサーであるとされてきましたが、現在その活躍の幅が広がり重要性を増しているのが「ボランティア」です。その理由の一つは、東京オリンピック・パラリンピックを契機にスポーツボランティアを「一度は経験したことのある人」の数が増大することが挙げられます。また、あるイベント時点では参加者であったり、スポンサー企業の一員であったりした人が、次回はボランティアとしてイベントに参画する(その逆の流れ)事例も散見され、イベントへのコミットメントが高く役割に対して流動的な人材である可能性も示唆されます。
なお、このようなイベントの中には、競技性を持たない身体活動、遊戯、レクレーションはもちろんのこと、アスリートやマスコットキャラクター等がアイコンとして地域の活動に呼ばれるものや、クラブを象徴する設備・備品の貸し出し等、スポーツを「する」、「みる」、「ささえる」イベントだけではなく、スポーツを「つかう」活動も考えられます[3]。
Ⅱ.2. アウトカム(成果)のロジックを考える
対象事業(スポーツイベント)の社会的な成果・効果を評価するために、事業の設計図ともいえる「ロジックモデル」を検討し、明確化する必要があります。本評価ツールにおける「ロジックモデル」とは、事業や組織が最終的に目指す社会的な変化・効果(事業目標)の実現に向けた道筋を体系的に図示したものです(図表1)。
本評価ツールでは、現代のスポーツが持つ非常に多くの価値を簡潔に整理し、非営利セクターのみならず、非営利セクターの活動を支える営利企業や自治体等の公共セクターなど、様々なアクターにおいても活用できるようにすることを目的として、「スポーツ基本計画」も念頭に置き、アウトカムのロジックを検討しました。
スポーツ基本計画においては、スポーツの持つ価値を以下の4つにまとめています。
1 スポーツで「人生」が変わる!
スポーツを「する」ことで、スポーツの価値が最大限享受できる。
スポーツを「する」「みる」「ささえる」ことでみんながその価値を享受できる。
スポーツを生活の一部とすることで、人生を楽しく健康で生き生きとしたものにできる。
2 スポーツで「社会」を変える!
スポーツの価値を共有し人々の意識や行動が変わることで、社会の発展に寄与できる。
スポーツは共生社会や健康長寿社会の実現、経済・地域の活性化に貢献できる。
3 スポーツで「世界」とつながる!
スポーツは「多様性を尊重する世界」「持続可能で逆境に強い世界」「クリーンでフェアな
世界」の実現に貢献できる。
4 スポーツで「未来」を創る!
2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会等を好機として、スポーツで人々がつながる国民運動を展開し、オリンピックムーブメントやパラリンピックムーブメントを推進。本計画期間においては、「スポーツ参画人口」を拡大し、スポーツ界が他分野との連携・協働を進め、「一億総スポーツ社会」を実現する。
以下、特に断りがない限りスポーツ基本計画の記載内容は、スポーツの価値についてまとめられている、第2章「中長期的なスポーツ政策の基本方針」から引用します。
なお、本評価ツールは対象事業のアウトカムを測定することに主眼が置かれていますが、事業改善のための評価に際しては、事業の活動状況も併せて評価する必要があることにも留意が必要です。加えて、「比較的都市部において地域に根ざし、地域住民の参画が叶うイベント」におけるアウトカム以外に関する記載は大幅に省略しています。実際の評価にあたっては、このことを踏まえ、組織や事業の規模に応じた検討が求められます。
[1]https://www.mext.go.jp/sports/content/1383656_002.pdf
[2] 「社会的インパクト評価の手法を用いたスタジアム・アリーナ効果検証モデル」(日本経済研究所、2019年3月)http://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop02/list/detail/1415586.htm
[3] スポーツを「つかう」については、P.19のコラムを参照
図表1:スポーツイベントにおける一般的なロジックモデル
II.2.1. 直接アウトカム
スポーツイベントを実施した直後の成果は、スポーツへの関心を高め、どんな形であれスポーツに触れ、スポーツに参画したいと思ってもらうこと、すなわち、スポーツを「いいね!」、「もっとしたいね!」、「もっとみたいね!」、「もっとささえたいね!」と感じてもらうことであると考えます。この成果は、ステークホルダー同士が価値を共創するという本ツールの受益者を前提にすると、全員に共通して生まれるものとなります。
本ツールではスポーツ基本計画上での記載も踏まえ、以下の項目をアウトカムとして設定しました(図表2)。
図表2:直接アウトカムとスポーツ基本計画の記載
アウトカムの詳細 | スポーツ基本計画の記載 |
---|---|
1.1 スポーツをしたいと思う | スポーツを「する」ことでみんなが「楽しさ」「喜び」を得られ、これがスポーツの価値の中核である。 |
1.2 スポーツをみたいと思う | スポーツを「みる」ことで、極限を追求するアスリートの姿に感動し、人生に活力が得られる。家族や友人等が一生懸命応援することでスポーツを「する」人の力になることができる。 |
1.3 スポーツをささえたいと思う | スポーツを「ささえる」ことで、多くの人々が交わり共感し合うことにより、社会の絆が強くなっていく。 |
II.2.2. 中間アウトカム
中間アウトカム(その1 ):受益者にもたらす変化
対象事業実施によってスポーツに触れ、様々な形でスポーツに参画したいと思ってもらえた後、中間アウトカム(その2)につながる社会的な変化を生み出すためには、スポーツが日常生活に位置づけられ、誰にとっても身近なものになり、その意味や大切さを知ってもらえるようになるかどうかが重要となります。
そのため、まず直接アウトカムから続く中間アウトカムとして、「スポーツを継続する」と「スポーツの社会的な価値を知る」を設定しました(図表3)。これらをここでは中間アウトカム(その1)とし、直接アウトカムと中間アウトカム(その1)をスポーツイベントが受益者にもたらす変化とし、「スポーツ参画人口拡大・多様化」につながるアウトカムとして位置づけます。これは、スポーツ基本計画の「第3章 今後5年間に総合的かつ計画的に取り組む施策」の「1 スポーツを「する」「みる」「ささえる」スポーツ参画人口の拡大と、そのための人材育成・場の充実」に対応するもので、また、「第2期計画期間において、「スポーツ参画人口」を拡大し,スポーツ界が他分野との連携・協働を進め、「一億総スポーツ社会」を実現する。」とも合致するものとなります。
図表3:中間アウトカム(その1)とスポーツ基本計画の記載
アウトカム詳細 | スポーツ基本計画の記載 |
---|---|
2.1 健康・体力の向上につながる | 継続してスポーツを「する」ことで、勇気、自尊心、友情などの価値を実感するとともに、自らも成長し、心身の健康増進や生きがいに満ちた生き方を実現していくことができる。 スポーツを「する」ことでみんなが「楽しさ」「喜び」を得られ、これがスポーツの価値の中核である。 |
2.2 生きがいや喜びを得る | 継続してスポーツを「する」ことで、勇気、自尊心、友情などの価値を実感するとともに、自らも成長し、心身の健康増進や生きがいに満ちた生き方を実現していくことができる。 スポーツを「する」ことでみんなが「楽しさ」「喜び」を得られ、これがスポーツの価値の中核である。 |
2.3 スポーツがより身近なものになる | スポーツは文化としての身体活動を意味する広い概念であり、各人の適性や関心に応じて行うことができ、一部の人のものではなく「みんなのもの」である。 |
アウトカムのカテゴリー:3. スポーツの社会的な価値を知る
アウトカム詳細 | スポーツ基本計画の記載 |
---|---|
3.1 他者への理解・尊重が生まれる | スポーツの価値を共有し人々の意識や行動が変わることで社会の発展に寄与できる。 障害者スポーツを通じて障害者への理解・共感・敬意が生まれる。 |
3.2つながりが生まれる、増える | スポーツを「ささえる」ことで、多くの人々が交わり共感し合うことにより、 社会の絆が強くなっていく。「ささえる」ことで「する」ことのすばらしさを再認識したりすることもある。 |
3.3 地域や人のために役立つことができる | スポーツを「ささえる」ことで、多くの人々が交わり共感し合うことにより、 社会の絆が強くなっていく。「ささえる」ことで「する」ことのすばらしさを再認識したりすることもある。 |
3.4 様々な形でスポーツに関わり活躍できる | スポーツに関わる人材の全体像を把握しつつ、アスリートのキャリア形成支援や、指導者、専門スタッフ、審判員、経営人材などスポーツ活動を支える人材の育成を図ることにより、スポーツ参画人口の拡大に向けた環境を整備する。 ※「人材」とはプロだけではなく、ボランティアも含む。 |
3.5現在や将来に役立つ経験や能力を得る | スポーツに関わる人材の全体像を把握しつつ、アスリートのキャリア形成支援や、指導者、専門スタッフ、審判員、経営人材などスポーツ活動を支える人材の育成を図ることにより、スポーツ参画人口の拡大に向けた環境を整備する。 ※「人材」とはプロだけではなく、ボランティアも含む。 |
3.6 地域への愛着が生まれる | 人口減少や高齢化が進む中、スポーツ資源を地域の魅力づくりやまちづくりの核とすることで、地域経済の活性化など地方創生に貢献する。 |
スポーツが誰にとっても身近になり、「みんなのもの」になるということについて、スポーツ基本計画では、第3章「今後5年間に総合的かつ計画的に取り組む施策」中に、多くのページを割いて記載されています(図表4)。
図表4:スポーツ基本計画における共生社会等実現につながるターゲット
ターゲット | スポーツ基本計画の記載 |
---|---|
若年期から高齢期 | 若年期から高齢期までライフステージに応じたスポーツ活動の推進 |
子供 | 学校体育をはじめ子供のスポーツ機会の充実による運動習慣の確保と体力の向上 |
ビジネスパーソン | ビジネスパーソン、女性、障害者のスポーツ実施率の向上と、これまでスポーツに関わってこなかった人へのはたらきかけ |
女性 | ビジネスパーソン、女性、障害者のスポーツ実施率の向上と、これまでスポーツに関わってこなかった人へのはたらきかけ。 スポーツを通じた女性の活躍促進 |
障害者 | ビジネスパーソン、女性、障害者のスポーツ実施率の向上と、これまでスポーツに関わってこなかった人へのはたらきかけ。 障害者スポーツの振興 |
中間アウトカム(その2):地域・社会にもたらす変化
次に、スポーツイベントが継続的に実施され多くの人が参画し、またスポーツイベントをきっかけに、スポーツが日常生活に位置づけられ、これまでスポーツに関わりのなかった人々がスポーツの価値を知るようになることで、上述のアウトカムが既存のスポーツの枠に留まらず、より広く地域・社会に対して影響を持つようになると考えられます。その具体的なアウトカムを、ここでは中間アウトカム(その2)と位置づけ(図表5)、最終アウトカムと合わせて「スポーツを通じた社会の発展」につながるアウトカムと位置づけることとします。
なお、中間アウトカム(その2)はスポーツイベントが解決に寄与できると考えられる主な「社会課題」にフォーカスし、アウトカム(成果)として設定しています。ここにあるもの以外もアウトカムとして検討することができます。
中間アウトカム(その2)および後述する最終アウトカムは、直接アウトカム、中間アウトカム(その1)が生じることによる結果、また、その他の様々な外的要因も加わることにより創りだされます。中間、最終アウトカムは、その事業の直後に測定できないものが多く、本当に成果が得られたかどうか確認できるまでは時間を有します。
例えば、健康長寿社会の実現へつながる生活習慣病の予防一つとっても「個々人の生活習慣から社会・経済の環境まで、無数の要因が複雑に影響していると考えられることから、その規定要因は十分に明らかとはなっていない[1]」とされており、様々な外的要因の影響を受けていることを念頭に置く必要があり、事業による純粋な成果とは言い切れない場合も多くあります。
いずれにしても、スポーツの事業を実施する際に、短期的に測定できる直接的な変化、成果だけを追い求めるのではなく、最終アウトカムから逆算し、スポーツが社会にどのように役立つのか、どのような社会課題の解決に寄与できるかを念頭におき、事業を計画する、工夫することが、結果としてスポーツに関わる人(スポーツ参画人口)を増やし、スポーツの発展とスポーツを通じた社会の発展につながるといえるでしょう。
図表5:中間アウトカム(その2)とスポーツ基本計画の記載
詳細アウトカム | スポーツ基本計画の記載 |
---|---|
4.1 生活習慣病が予防される | スポーツを楽しみながら適切に継続することで、生活習慣病の予防・改善や介護予防を通じて健康寿命を伸ばすことができ、社会全体での医療費抑制につながる6。 |
4.2 運動器症候群が予防される | スポーツを楽しみながら適切に継続することで、生活習慣病の予防・改善や介護予防を通じて健康寿命を伸ばすことができ、社会全体での医療費抑制につながる6。 |
4.3認知症が予防される | スポーツを楽しみながら適切に継続することで、生活習慣病の予防・改善や介護予防を通じて健康寿命を伸ばすことができ、社会全体での医療費抑制につながる6。 |
[1] 厚生労働省(2019年3月)「健康寿命のあり方に関する 有識者研究会 報告書」(https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000495323.pdf)
アウトカムのカテゴリー:5. 共生社会等が実現する
詳細アウトカム | スポーツ基本計画の記載 |
---|---|
5.1多様性が尊重される | スポーツは、人種、言語、宗教等の区別なく参画できるものであり、国境を越え人々の絆を育む。スポーツを通じた国際交流により「多様性を尊重する世界」の実現に貢献する。 |
5.2 女性、障がい者などの社会参画・活躍が広がる | 障害者スポーツを通じて障害者への理解・共感・敬意が生まれる。 子供、高齢者、障害者、女性、外国人などを含め全ての人々が分け隔てなくスポーツに親しむことで、心のバリアフリーや共生社会が実現する。 |
6 厚生労働省「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」においては、「健康寿命の延伸と健康格差の縮小」等が方向性として示されており、「ライフステージ(乳幼児期、青壮年期、高齢期等の人の生涯における各段階をいう。以下同じ。)に応じて、健やかで心豊かに生活できる活力ある社会を実現し、その結果、社会保障制度が持続可能なものとなるよう、国民の健康の増進の総合的な推進を図る」とされている。
アウトカムカテゴリー:6. 地域・経済が活性化する
詳細アウトカム | スポーツ基本計画の記載 |
---|---|
6.1 地域の認知やイメージが向上する | 人口減少や高齢化が進む中、スポーツ資源を地域の魅力づくりやまちづくりの核とすることで、地域経済の活性化など地方創生に貢献する。 |
6.2 地域を訪問する人が増える | スポーツツーリズムの活性化とスポーツによるまちづくり・地域活性化の推進主体である地域スポーツコミッションの設立を促進し、スポーツ目的の訪日外国人旅行者数を250 万人程度(平成 27 年度現在約 138 万人)、スポーツツーリズム関連消費額を 3,800 億円程度(平成 27 年度現在約 2,204 億円)、地域スポーツコミッ ションの設置数を 170(平成 29 年1月現在 56)に拡大することを目指す。 |
6.3 地域に経済的効果が生まれる | スポーツツーリズムの活性化とスポーツによるまちづくり・地域活性化の推進主体である地域スポーツコミッションの設立を促進し、スポーツ目的の訪日外国人旅行者数を250 万人程度(平成 27 年度現在約 138 万人)、スポーツツーリズム関連消費額を 3,800 億円程度(平成 27 年度現在約 2,204 億円)、地域スポーツコミッ ションの設置数を 170(平成 29 年1月現在 56)に拡大することを目指す。 |
6.4 地域のソーシャル・キャピタルが高まる | スポーツは、人種、言語、宗教等の区別なく参画できるものであり、国境を越え人々の絆を育む。 |
6.5 スポーツ市場が拡大する | スポーツは多くの人々を惹きつける魅力的なコンテンツである。スポーツの成長産業化を図り、その収益をスポーツへ再投資することを促すことでスポーツ界が自立的に成長を遂げるための好循環を実現する。 |
6.4において記載しているソーシャル・キャピタル(社会関係資本)は、「人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる、「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会的仕組みの特徴」とされています(Putnam,1993)。スポーツによるソーシャル・キャピタルの醸成や高まりはスポーツがもたらす社会的な変化、成果であると考えられます。
II.2.3. 最終アウトカム
最終アウトカムは、上述のアウトカムが達成された結果として生み出されるものです。「スポーツを通じた社会の発展」の具体的な内容となる、「豊かなスポーツ文化が根付いた社会となる」と、「スポーツが社会課題の解決に貢献するようになる」としました(図表6)。
スポーツ基本計画では、スポーツの価値を4つの言葉(スポーツで「人生」が変わる!スポーツで「社会」を変える!スポーツで「世界」とつながる!スポーツで「未来」を創る!)で示しています。これらは、スポーツイベントが持続的な社会の発展に役立つことを説明しています。
図表6:最終アウトカムとスポーツ基本計画の記載
アウトカム | スポーツ基本計画の記載 |
---|---|
7. 豊かなスポーツ文化が根付いた社会になる | スポーツは「世界共通の人類の文化」であり、国民の成熟した文化としてスポーツを一層根付かせ豊かな未来を創ることが、スポーツ振興に携わる者の最大の使命である。 スポーツで「人生」が変わる! スポーツは「みんなのもの」であり、スポーツを 「する」「みる」「ささえる」ことで全ての人々がスポーツに関わっていく。 スポーツで「社会」を変える! スポーツで社会の課題解決に貢献し、前向きで活力に満ちた日本を創る。 スポーツで「世界」とつながる! スポーツで世界に発信・協力し、世界の絆づくりに我が国が貢献する。 (スポーツに関わる全ての人々が主体的に取り組むことで、スポーツの力が十分に発揮され、前向きで活力に満ちた日本と、絆の強い世界の実現に貢献できる。) スポーツで「未来」を創る! (第2期計画期間において、「スポーツ参画人口」を拡大し、スポーツ界が他分野との連携・協働を進め、「一億総スポーツ社会」を実現する。) |
8. スポーツが社会課題の解決に貢献するようになる | スポーツは「世界共通の人類の文化」であり、国民の成熟した文化としてスポーツを一層根付かせ豊かな未来を創ることが、スポーツ振興に携わる者の最大の使命である。 スポーツで「人生」が変わる! スポーツは「みんなのもの」であり、スポーツを 「する」「みる」「ささえる」ことで全ての人々がスポーツに関わっていく。 スポーツで「社会」を変える! スポーツで社会の課題解決に貢献し、前向きで活力に満ちた日本を創る。 スポーツで「世界」とつながる! スポーツで世界に発信・協力し、世界の絆づくりに我が国が貢献する。 (スポーツに関わる全ての人々が主体的に取り組むことで、スポーツの力が十分に発揮され、前向きで活力に満ちた日本と、絆の強い世界の実現に貢献できる。) スポーツで「未来」を創る! (第2期計画期間において、「スポーツ参画人口」を拡大し、スポーツ界が他分野との連携・協働を進め、「一億総スポーツ社会」を実現する。) |
Ⅲ. アウトカムを測定する方法を決める
「II. ロジックモデルをつくる」で挙げたアウトカムを測定するために、次ページの図表10・11に示すような指標が有用であると考えます。
なお、以降で示す指標とデータベースで紹介する測定方法は例示であり、必ずこの指標や測定方法を用いて評価を行わなければならないわけではありません。評価を事業改善といった内部向けの目的で行う場合は、既存の指標や測定方法を用いるよりも、自団体が目指す具体的なアウトカムの内容に応じて、以降で例示されている指標やデータベースで紹介されている測定方法以外のものを用いるのはもちろんのこと、例示されている測定方法の質問項目を変えることが望ましい場合もあります。
以降で例示されている指標やデータベースで紹介されている測定方法は特定の価値判断を暗黙のうちに前提としている場合があります。評価を実施する目的を明確化した上で、指標や測定方法、具体的な質問項目を確認し、自団体が考える価値、アウトカムを測定する上で適切かどうかを判断してください。
また、最終アウトカムについては、指標を設定することが難しかったり、仮に指標を設定し測定することができてもその変化に事業が「貢献」したことを評価することが難しかったりする場合がほとんどです。ただし、そうだとしても事業の最終的な目的を明確化するためにも、最終アウトカムをロジックモデルとして明確化することは重要であるといえるでしょう。
図表10 :アウトカム指標の一覧
ステークホルダー | アウトカムの種類 | アウトカムのカテゴリ | 詳細のアウトカム | 指標 |
---|---|---|---|---|
スポーツイベントの受益者 | 直接アウトカム | 1. スポーツへの関心が高まる | 1.1 スポーツをしたいと思う | 運動・スポーツの実施状況 スポーツ参加継続意向・参加満足度 |
スポーツイベントの受益者 | 直接アウトカム | 1. スポーツへの関心が高まる | 1.2 スポーツをみたいと思う | スポーツ観戦理由 みるスポーツの個人的価値意識評価尺度 |
スポーツイベントの受益者 | 直接アウトカム | 1. スポーツへの関心が高まる | 1.3 スポーツをみたいと思う | スポーツボランティア実施希望の割合 地域住民のイベントサポート意欲の変化 |
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 2. スポーツを観戦する | 2.1 健康・体力の向上につながる | するスポーツの個人的価値意識評価尺度(健康・や威力つくり) |
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 2. スポーツを観戦する | 2.2 生きがいや喜びを得る | する、みる、ささえるスポーツの個人的価値意識評価尺度 |
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 2. スポーツを観戦する | 2.3 スポーツがより身近なものになる | 年代、属性別のスポーツ実施状況等の変化 |
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 3. スポーツの社会的な価値を知る | 3.1 他者への理解・尊重が生まれる | するスポーツの個人的価値意識評価尺度 |
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 3. スポーツの社会的な価値を知る | 3.2 つながりが生まれる、堪える | する、みる、ささえるスポーツの個人的価値意識評価尺度 |
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 3. スポーツの社会的な価値を知る | 3.3 地域や人のために役立つことができる | ささえるスポーツの個人的価値意識評価尺度 |
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 3. スポーツの社会的な価値を知る | 3.4 様々なかたちでスポーツに関わり活躍できる | ささえるスポーツの個人的価値意識評価尺度 |
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 3. スポーツの社会的な価値を知る | 3.5 現在や将来に役立つ経験や能力を得る | ささえるスポーツの個人的価値意識評価尺度 |
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 3. スポーツの社会的な価値を知る | 3.6 地域への愛着が生まれる | みるスポーツの社会的価値意識評価尺度 |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 4. 健康長寿社会が実現する | 4.1 生活習慣病が予防される | 運動習慣のある者の割合の変化 |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 4. 健康長寿社会が実現する | 4.2 運動器症候群が予防される | 運動器症候群認知度の変化 |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 4. 健康長寿社会が実現する | 4.3 認知症が予防される | 市町村における介護予防に資する住民主体の通い場の数、参加人数、開催頻度等の変化 |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 5. 共存社会等が実現する | 5.1 多様性が尊重される | スポーツイベントにおける包括的社会効果尺度 |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 5. 共存社会等が実現する | 5.2 女性、障がい者などの社会参画・活躍が広がる | 障がい者、女性等の活躍の広がり |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 6. 地域・経済が活性化する | 6.1 地域の認知やイメージが向上する | スポーツイベントにおける包括的社会効果尺度 |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 6. 地域・経済が活性化する | 6.2 地域を訪問する人が増える | 地域の名所、施設等における訪問者の変化、イベント開催時の経済効果(地域支出分を控除した正味便益) |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 6. 地域・経済が活性化する | 6.3 地域に経済的効果が生まれる | 地域への経済効果の有無 |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 6. 地域・経済が活性化する | 6.4 地域のソーシャル・キャピタルが高まる | スポーツイベントにおける包括的社会効果尺度 |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 6. 地域・経済が活性化する | 6.5 スポーツ市場が拡大する | スポーツ産業粗付加価値・雇用者数の変化 |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 7. 豊かなスポーツ文化が根付いた社会になる | (上記アウトカムの結果) | |
地域・社会 | 中間アウトカム(その2) | 8. スポーツが社会課題の解決に貢献するようになる | (上記アウトカムの結果) |
図表11 :アウトカム指標の一覧(ロジックモデルの例1、2における追加アウトカム)
ステークホルダー | アウトカムの種類 | アウトカムのカテゴリ | 詳細のアウトカム | 指標 |
---|---|---|---|---|
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 3. スポーツの社会的な価値を知る | 地域の魅力を知る | スポーツイベントへの再参加要因尺度 |
スポーツイベントの受益者 | 中間アウトカム(その1) | 3. スポーツの社会的な価値を知る | 社会課題について考える | 社会課題に対する知識、共感の変化など |
間接的受益者 | 中間アウトカム(その1) | 3. スポーツの社会的な価値を知る | 病気に打ち勝つ活力を得る | 患者およびその家族の病気に関する感情の変化 |
おわりに
スポーツの概念や価値は時代によって変化しています。日本においては、ウォーキングやスポーツ観戦など、多様な形でのスポーツの楽しみが、ライフスタイル全般に浸透してきた一方、体育の授業、部活動などの経験から、スポーツに対する苦手意識をもつ人も多いのではないでしょうか。
また、スポーツというコンテンツの商品価値が高まり、スポーツの産業化が進んでいる中で、競技力と経済的成功を追求するあまり、勝利至上主義や商業主義に陥るリスクも増大しています。このようなスポーツの多面性が見えている中、スポーツ関係者の多くは、「スポーツの多様な価値」を認識していながら、どう伝え、どう評価し、どのように持続可能な事業モデルにしていくかに難しさを感じているのではないでしょうか。
近年、スポーツのもつ社会公益性の観点から、地方創生や社会課題解決のツールとしてのスポーツの役割に期待が寄せられています。全国各地で様々なスポーツ団体が地域の課題に向き合い、地域貢献活動を展開していますが、 多様なステークホルダーと信頼関係を築きよりよい社会を共創していくためにはスポーツが生み出す社会的インパクトを示していくことが必要です。
そこで今回、社会的インパクト評価の手法を使ってスポーツの社会的価値の可視化を試みました。本評価ツールが、スポーツに関わる多くの人がスポーツの多様な価値に気づく、またそれらを可視化することを試みるきっかけになれば幸いです。
クレジット
※所属・肩書きは評価ツール開発当時
本分野別例は2019年7月に公開された社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ「社会的インパクト評価ツールセット スポーツ」の内容をもとにしています。
スポーツ評価ツール作成チーム
醍醐 笑部 早稲田大学スポーツ科学学術院
田上 悦史 株式会社フューチャーセッションズ
福田 哲郎 公益財団法人日本サッカー協会
村松 邦子 株式会社ウェルネス・システム研究所
鴨崎 貴泰 認定NPO法人日本ファンドレイジング協会
川合 朋音 認定NPO法人日本ファンドレイジング協会