国内・海外の潮流日本国内における社会的インパクト・マネジメントやインパクト投資への理解の促進を目的に、
これらに関する国内外の動向や最新トピックを紹介しています。
社会的連帯経済と社会的インパクト
(文:SIMI代表理事 今田克司)
社会的連帯経済(*1)とは、日本においては、協同組合の研究者や実践家を中心に広められている概念で、社会的経済(ソーシャル・エコノミー)と連帯経済を組み合わせた用語とされています。行き過ぎた経済的利潤追求の弊害が世界各地で見られるなかで、これまでの資本主義の枠組みを組み替え、より公正で持続可能な経済を作っていこうという考えのもとで注目を浴びている概念と言えるでしょう。
「社会的連帯経済と社会的インパクト」。まどろっこしいので「連帯経済とインパクト」と端折ってしまいたいですが、そうするといろいろ誤解が生まれるので、端折らないで説明しましょう。SIMIではもちろん「社会的インパクト」を中心概念に据えていますが、SIMIの活動を少しでも知っている人、あるいは「社会的連帯経済」についてある程度知見がある人は、この二つを結びつけることに違和感を覚えるかもしれません。確かに、この二つの概念は(思想的にも?)異なる背景で生まれてきたものであり、これまではあまり交わることがありませんでした。SIMIにおいては、「社会的インパクト」について各所で説明してきましたので、ここでは「社会的連帯経済」を少し紐解いてみましょう。
国際社会では、ヨーロッパやラテン・アメリカの学術研究を中心に流通している連帯経済の思想を展開する形で、国連機関である国際労働機関(ILO)が2009年ぐらいからソーシャル・エコノミーを推進する立場で社会的連帯経済(以下、SSEと略します)の概念を活用し始めています。一方、国連社会開発研究所(UNRISD)は、2012年から2016年にかけて、SSEに関する研究プロジェクトを立ち上げ、その結果をWebサイトにまとめています。また、ソーシャル・エコノミーを推進するグローバルなネットワークであるRIPESS(社会的連帯経済を推進する大陸間ネットワーク)は、2015年に出した「グローバル・ビジョン」と題されたペーパーの中で、SSEを「システムの変革を志向するもの」と位置付け、次のように紹介しています。
- SSEは、資本主義や国家中心の経済体制(国家主義)のオルタナティブである。
- SSEにおいては、経済、社会、文化、政治、環境などの人間生活のすべての局面で市井の人々が中心的役割を果たす。
- SSEは、製造、金融、流通、交換、消費、ガバナンスなどのすべての経済分野に存在する。
こうした流れをもとに、国連では2013年にILO、国連開発計画(UNDP)、国連非政府連絡サービス(UN-NGLS)、UNRISDが呼びかけ機関となって、SSEに関する国連機関横断タスクフォース(UNTFSSE)を立ち上げました。このタスクフォースでは、2014年にSSEと持続可能な開発に関する「ポジション・ペーパー」を発表し、2015年の持続可能な開発目標(SDGs)採択後には、SDGs達成に向けたSSEの役割を強調しています。「ポジション・ペーパー」の中では、持続可能な社会のためにSSEが果たす主要な分野として、次の8分野について言及しています。
- 1. 労働(インフォーマル・エコノミーからディーセント・ワークへ)
- 2. グリーン・エコノミー
- 3. 地域経済開発
- 4. 持続可能な都市
- 5. 女性のウエルビーングとエンパワーメント
- 6. 食糧安全保障と小規模生産者のエンパワーメント
- 7. ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(皆保険制度)
- 8. 金融の変革(責任ある金融や投資)
さて、ここまでが昨今の国連を中心とした国際社会におけるSSEの流れの概観ですが、これがいかに「社会的インパクト」と結びつくのでしょうか。そこに目をつけたのは、経済協力開発機構(OECD)です。
OECDは、1990年代以降、ソーシャル・エコノミー推進の立場から、研究や会議開催、概念の普及など、加盟国を中心に議論を展開してきましたが、2020年にSSEのエコシステム構築を推進するグローバル・アクションを開始しました。欧州連合(EU)が資金源のため、現在において対象となっている国・地域は、EU加盟国を中心にブラジル、カナダ、インド、韓国、メキシコ、米国の計30カ国です。SSEへの注目において、OECDの特徴は、ソーシャル・イノベーションを中核概念に置き、特に社会的企業(ソーシャル・エンタープライズ)をエコシステム作りの主役と考えていることでしょう。そして、エコシステム作りにおいてレバレッジ(てこ)の役割を果たすとみなしているのが、(1)法整備と、(2)社会的インパクト測定です。
この観点から、特に(2)についての議論を深めるために、OECDは今年1月25日にオンライン形式での専門家会議を開催しました。SSEにおいて、社会的企業等、ソーシャル・ミッションを掲げる諸団体が社会で果たしている役割や生み出している成果を可視化する必要性が強調されています。グローバル・アクションでは、投資業界に社会・環境に配慮した責任投資を推進するように仕向ける(資金の供給サイド)だけでなく、SSEを求める社会の声や事業者の意志、実際の行動を集積し(資金の需要サイド)、大きな流れを作っていくことが意図されています。この可視化によって、EU諸国やOECD加盟国による(1)の法整備につながっていくことが志向されています。
OECDによるグローバル・アクションは3年間のイニシアチブと位置付けられており、2020年は立ち上げと普及に向けたセミナー等が開催されていましたが、2021年より本格始動し、2022年のサミット会議に至る動きを加速させていくことが計画されています。SIMIでは、この動きを注視するとともに、日本からのインプットを含めた貢献に努めていきたいと考えています。
(*1)Social and Solidarity Economyの訳語。社会連帯経済とも訳される。