コラム

インパクト投資から見た新しい資本主義(1)〜インパクト投資は社会を変えるムーブメント

本記事はオルタナ(4/15掲載)の記事を再掲したものです。

岸田政権が「新しい資本主義」を打ち出し、その実現本部を立ち上げている。SIMI(*1)では、社会的インパクトをキーワードに2016年から活動を続けるなかで、インパクト投資の世界に出会い、国内外でこれを進める関係者と意見交換を進めてきた。そこで今回は、2回に分けて、インパクト投資から見た新しい資本主義の姿について紹介したい。

SIMIでは、4月28日(木)に、グローバル・インパクト投資ネットワーク(GIIN)のアミット・ボウリ氏と米国インパクト投資連盟代表フラン・シーガル氏を迎え、『インパクト投資から見た「新しい資本主義」』特別ウェビナーを開催します(無料。英日同時通訳つき)。ご興味のある方はこちらからお申し込みください。
https://newcapitalism2022.peatix.com/

インパクト投資は、2000年代半ばから広まっている金融の形で、財務的リターンと社会的・環境的インパクト(以下、「社会的インパクト」あるいは単に「インパクト」と称す)の両方を最適化することを主眼としている。昨今、ESG金融の大きな流れの中でもインパクトへの関心は高まっており、インパクト投資を取り入れようとする日本の金融機関も増えている。

インパクト投資にとって、この「リターンとインパクトの両立」は大きな前提条件だが、その構想は、決して新たな金融商品を提供することにとどまらない。むしろ、当初から目指しているのは金融のあり方の見直しであり、まさに「新しい資本主義」なのである。インパクト投資を推進する多くのリーダーは、インパクト投資は社会を変えるムーブメントであると言明している。そして、現代の金融資本主義の刷新を説く識者と連携し、社会に対して積極的な発信をしている。

SIMIでは、インパクト投資やサステナブル・ファイナンスに関する海外発の示唆に富む資料を日本語訳(抄訳含む)とともに紹介するサイト、グローバル・リソース・センター(*2)を運営しているが、そこでも「新しい資本主義」のコーナーを設けている。それらの資料から、いくつか特筆すべきものを紹介してみたい。

(1)利益追求が唯一の目的になったのはたかだか60年
「パーパスを実践に」より(コリン・メイヤー、ブルーノ・ロッシ編著)

オックスフォード大教授であり、パーパス経営の提唱で知られるメイヤー氏は、ローマ法のもとで税金の徴収やコインの鋳造などの公共事業を行うために会社というものが作られて以来、2000年の歴史において、会社は常に公共機能と商業機能を兼ね備えていたと述べ、利益追求が企業の唯一の目的となったのは、ミルトン・フリードマンが「企業の社会的目的はただひとつ利益を上げること」と説いて以来の60年間に過ぎないと指摘している。

IIRC(国際統合報告評議会)の国際統合報告フレームワーク(*3)によれば、企業が扱う資本には、財務、製造、知的、人的、社会・関係及び自然資本の6種類がある。しかし金融資本主義において企業は、複数ある資本の中で、そのひとつに過ぎない「お金」だけを測定し、管理する手段しか持っていない。貨幣単位で表現されず、その価値を計上できないほかの「資本」は過小評価される運命にあると整理するのはロッシ氏だ。

つまり、大きな歴史の視点から見れば、60年というのはほんの一時に過ぎず、たまたまその時を生きる私たちが数ある資本の中から財務資本だけを取り上げ、比較し、投資や企業価値を判断する物差しとして使っているのであれば、それは生態系の異物のようなものだということだろう。その異物によって、気候危機が加速し、経済格差が手がつけられない所まで拡がり、それが地球の持続可能性を脅かすものになっているとしたら、その罪は大きい。

インパクト投資においては、必ずしも財務情報に還元されない価値を正確に捉える社会的インパクトの測定を大きなテーマに据える。その結果が非財務情報あるいは外部性としてその企業の財務諸表に直接反映されないのであれば、企業や投資家にとって、それは正当な価値の物差しにはなりえない。インパクト投資が現代の金融資本主義に疑問を呈する一断面である。

(2)インパクト投資は社会のあり方に対する根源的な問いかけ
「資本のパーパス(存在意義)」、「Social Impact Day 2020 基調講演事前資料」より(ジェド・エマソン著)

「資本主義の歯車になることに身体を張って抵抗し、挑戦し、自己改造し、私たちの社会と私たちが世界に解き放った力の方向を変えるために、何をすべきか日々問い続けています」と言うエマソン氏にとって、インパクトについて考え・行動するとは、現代の資本主義へのレジスタンスの一形態にほかならない。2017年のSOCAP会議(*4)で、氏は、インパクト投資を「伝統的な投資行動の理解に代わる、資本の目的の定義の核心に迫るレジスタンス」として位置付けている。これとは逆に、「インパクト投資を単なる新しい投資手法の一形態と考え、メインストリームの金融資本主義への抵抗としての可能性を考慮していない」風潮があることを指摘し、これを手厳しく批判している。

現代社会における「資本の役割と目的についての今の私たちの考え方では、地球や人類の前に立ちはだかる課題に立ち向かうのに適切でもなく十分でもない、という理解を出発点にすべき」であり、インパクト投資は、資本の真のパーパスを探求する入口となると氏は述べる。突き詰めて言えば、「インパクト投資とは、世界、コミュニティ、資本、そしてもしも運が良ければ最終的には自分自身が、この先変わることができるのかどうか」を問いかけるものだという。

インパクト投資が、このような根源的な問いかけを行うものであり、資本主義のあり様を変える入り口であるとしたら、この問いは、投資家や金融関係者のみならず、事業を行う会社経営者やそこで働く従業員、求職者、取引先、会社がつくるモノを買う消費者としての私たちすべてに問われているといえる。もちろん、政府の役割も大きい。

インパクト投資を「新しい資本主義」に導く理念と実践として活用する用意を、私たちはより迅速に進めていきたい。


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