3章 社会的インパクト・マネジメントの実践とは
3節 社会的インパクト・マネジメント原則
本節では、社会的インパクト・マネジメントの質を高めるための「社会的インパクト・マネジメント原則」の内容を解説します。その中には、社会的インパクト・マネジメントに組み込まれる社会的インパクト評価で特に意識すべき原則と、社会的インパクト・マネジメント全般に適用される原則が含まれています。これらの原則に従うことで、より効果的な社会的インパクト・マネジメントの実践につながります。
a. ステークホルダーの参加・協働
社会的インパクト・マネジメント全般で活用する | ◯ |
社会的インパクト評価において意識する | ◯ |
社会的インパクト・マネジメントを行う上では、組織・事業のステークホルダーが幅広く参加・協働することが好ましいとされます。特に、組織全体や事業・取り組みにおいて実現を目指す価値、社会的インパクト・マネジメントを行う目的などについて意思決定する際にステークホルダーと協議し、合意することで活動への参加者の輪が広がります。
加えて、対象とする社会課題、事業戦略、実施状況やアウトカムを検証するなど、社会的インパクト評価の異なる場面で、ステークホルダーを広く巻き込むことは、ステークホルダーの参加意識を高めることにつながります。
b. 重要性(マテリアリティ)
社会的インパクト・マネジメント全般で活用する | ◯ |
社会的インパクト評価において意識する | ◯ |
どんな情報をもとに組織の意思決定を行うべきかの問いに答えるべく、会計を起点として企業のサステイナビリティの検討に広げられた考えが重要性(マテリアリティ)の概念です。何が重要な情報かについても、会計上の財務情報にとどめず社会的・環境的影響に視野を広げていこうという進化がみられます。
重要性の概念は、意思決定を支援するものなので、社会的インパクト・マネジメントにおいても有効活用できます。組織や事業・取り組みに関わるステークホルダーによって、「何が重要なのか」の視点は異なる場合が多いでしょう。何によって社会的インパクトの向上に貢献したのかの視点が異なるからです。意思決定において、どのステークホルダーの見解をどの程度反映させるかは、原則(a)にも関わることですが、重要性の視点で判断することが有用です。
重要性の概念を有効活用するためには、評価の諸作業によって重要課題についてのエビデンスを収集することが必須となります。社会的インパクト評価を効果的に活用するには、評価によって事業・取り組みに関して重要と特定された情報が収集・分析され、意思決定を左右する事実特定ができるように工夫しなければなりません。
c. 信頼性
社会的インパクト・マネジメント全般で活用する | |
社会的インパクト評価において意識する | ◯ |
社会的インパクト評価を行う上で必要になる情報は、信頼できる方法で収集され、検証されたデータにもとづくべきです。また、データの分析に関しても評価研究の知見等を活用して、精査に耐える分析が行われている必要があります。特に、評価情報を操作して過剰な効果を主張するような評価報告は避けなければなりません。
d. 透明性
社会的インパクト・マネジメント全般で活用する | ◯ |
社会的インパクト評価において意識する | ◯ |
社会的インパクト・マネジメントの実践では、可能な限り透明性を担保した事業運営が求められます。具体的には、事業を運営していく場面で行われる様々な意思決定がどのような情報のもとに、どのように決定されたのかを示すことです。
意思決定の透明性を確保するためにも、社会的インパクト評価は検証可能である必要があります。具体的には、評価対象、データ収集、分析方法などの価値判断の根拠を正確かつ誠実に提示・報告することで透明性を確保する必要があります。
e. 比例性
社会的インパクト・マネジメント全般で活用する | |
社会的インパクト評価において意識する | ◯ |
社会的インパクト・マネジメントの実践には社会的インパクト評価が組み込まれていますが、社会的インパクト評価の実施により、組織や事業に過度な負担がかかってしまい事業が持続できないということになってしまっては本末転倒です。そのため社会的インパクト評価については、評価を実施する組織の規模、組織が利用可能な資源や評価の目的に応じて、評価の方法や報告・情報開示の方法が選択されるべきと考えます。
f. 状況適応性
社会的インパクト・マネジメント全般で活用する | ◯ |
社会的インパクト評価において意識する | ◯ |
社会的インパクトを創出していくためには、内部環境・外部環境の変化に対応するように、柔軟にマネジメントを行っていくことが必要です。組織内外の状況や事業を取り巻く社会環境に常に注意を払い、事業戦略等に変更を施す必要がないかを定期的にチェックしていくことが必要です。状況の変化に無頓着で妥当性が薄くなった事業戦略及び評価の仕組みに固持してしまうことは問題です。但し、一旦設定した事業戦略や評価の仕組みを変えるにはコストや労力が必要になりますので、そちらも注意しなければなりません。
社会的インパクト・マネジメントの実践においては、適切なタイミングで意思決定に有益な情報を得ることが肝心ですので、行うべき社会的インパクト評価に関しても、内外の環境変化が著しいなど状況適応性の高いマネジメントが求められる事業・取り組みの場合は、それに対応し得る評価デザインを検討することを考えましょう。
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上記の6原則に加え、インパクト・マネジメントの目的に応じて以下の2原則も満たすことが望ましいと考えます。
g. 一般化可能性
社会的インパクト・マネジメント全般で活用する | |
社会的インパクト評価において意識する | ◯ |
社会的インパクト評価により、社会的インパクト・マネジメントを通じて得られた知見を、同一分野の他事業、その他の地域、対象などに応用可能なものとするように工夫することが望ましいと考えます。実施している、あるいは実施しようとしている介入の効果に関する先行事例や科学的知見を参照し、当該事業の改善のためだけではなく、その介入の効果に関する知見の積み上げのために社会的評価を行うことが望まれます。
h. 経時的比較可能性
社会的インパクト・マネジメント全般で活用する | |
社会的インパクト評価において意識する | ◯ |
同じ事業や取り組みの社会的インパクト評価を行う場合は、比較が可能となるよう、以前の報告と同じ期間、同じ対象と活動、同じ評価方法で関連づけられ、同じ構造を持って報告されることが望ましいと考えます。ただし、インパクト・マネジメント・サイクルは、目標とする社会的テーマに取り組むためのサイクルであるため、サイクルを回していく中で事業の単位が拡大したり、環境が様変わりしていくことも想定されるため、この原則はそのような広がりや適応を妨げるものではありません。