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基調講演:『お金が表す価値を再考する-社会的インパクト・マネジメントがもたらす未来-』
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スピーカー:
・Jed Emerson氏(Blended Value創業者)
・銭谷 美幸氏(第一生命ホールディングス(株)経営企画ユニットフェロー、第一生命保険(株)運用企画部フェロー)
モデレーター:
・伊藤健(一般財団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ業務執行理事、特定非営利活動法人ソーシャルバリュージャパン代表理事)
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大切なことは、「Why(なぜ)」の重要性
伊藤氏
本日はゲストにBlended Valueの創業者で、90年代にSROI(Social Return on Investment=社会的投資収益率)という概念を開発したジェド・エマーソンさんをお迎えしています。この分野での20年以上の経験を一緒に振り返り、昨今のインパクト投資市場のトレンドや課題に対する見解を伺っていきたいと思います。もうお1人が第一生命の銭谷美幸さんです。第一生命は最近、すべての投資においてESG 要素を組み込むと発表しました。ESG投資はただの商品ではなく、資本市場が向かうべき方向という、とても象徴的なメッセージと言えます。
エマーソン氏の過去の発表や著書「The Purpose of Capital」で印象的なのが、「the why question(なぜ)」の重要性への言及です。また、「How(どのように)」と「Why」にギャップがあり、方法論やプロダクトなどの「How」に注目が行きすぎていると。
エマーソン氏
「How」に注目してしまうと、「何をするか」「どうするべきか」と私が指示するような形になってしまうことがままあります。しかし今日、本当に求めている答えは、私が皆さんに対して「正解は何か」と納得させるようなことではありませんよね。むしろ、その答えはすでに目の前にあるはずで、常にそこに存在したものです。私たちは、異なるビジネスのやり方や資本管理の方法、なぜ資本を管理すべきかという理由についてのビジョンを常に持っています。そしてここ数年で、求める答えは、対話や会話、相互探求の中から出てくるものだということをますます確信するようになりました。
私がこの分野に携わった90年代当時に議論されていたのは、「Do well and Do good」(社会的に意味のあることを事業として成立させる)」、すなわちどうやって収益化し、同時に社会的インパクトを追求するかでした。そして現在、インパクト投資をどのように定義するかにもよりますが、すべての資本にはインパクトがあり、異なる戦略を持つ多様なアセットクラスがそれぞれ様々なインパクトをもたらしているという考え方を採用するなら、市場は世界で30~40兆ドルに成長し、大成功したと言えます。内訳は様々で、タバコやアルコールなどの「悪い会社」をふるいにかけるネガティブスクリーニングや、業界で評価の高い企業を選ぶベスト・イン・クラス。そして90年代には、バランスシートに載らないESG(環境、社会、ガバナンス)リスクを考慮に入れたESGインテグレーションへの進化が見られました。公共債、直接投資、債券、公債、債務、不動産などポートフォリオ全体を見てみると、これらはすべて異なるリスク、リターン、そして、インパクトのプロファイルを持っています。
市場が成長したことで、メインストリームにいる会社もある種のインパクトを生んでいます。石炭火力発電所に投資していた企業が再エネに投資するようになり、環境・社会的価値を主張しています。しかし、問題なのは、インパクトのある投資をするためのツール開発が非常にうまくいっていて、本当に取り組むべき課題を忘れてしまっていることです。10億ドルの資金を集めれば、それが10億ドルのインパクトにつながると考えるようになっています。インパクト投資ファンドのリストIA50に掲載されることが成功だと考えています。非常に創造的で巧妙な金融工学を、ポジティブなインパクトに直結するものと混同しています。私たちが自分たちの道を見失い、大きなファンドと大きなインパクトを混同していることに強い危機感を持っています。
大切なのは「なぜこれをしているのか」という問いです。私たちがすべきことは、どのように資本を使い、主流の金融や金融機関に受け入れられるようにするのかではなく、その逆で、資本を持って主流の金融に挑戦することであり、資本の目的は単純により多くの資本を生み出すことだと言う前提に挑戦すべきなのです。価値とパフォーマンスの測定は、通常財務上のリターンを見ます。しかし私たちがやりたいことは、資本を別の目的に使って価値を最適化することであり、見るべきは財務リターンとパフォーマンスが統合されたBlended Value(融合価値)です。パフォーマンスは、ポジティブな環境・社会的インパクトの創出と一体のものです。
伊藤氏
市場が拡大したことで、「ソーシャル」が当たり前の前提のように扱われています。しかし「ソーシャル」の定義を考えたときに、SDGsのゴールにあるから、と単純に考えてしまうことは、実践の本当のインパクトを失うことになるのではないでしょうか?
エマーソン氏
それも危険性の1つですね。多くの新しい人たち参加するようになり、インパクト投資について表面的な質問をし、簡単な答えに甘んじています。もう一つは、資本が生み出す価値について、より高いレベルの意識や自覚に昇華できるチャンスを逃しているということです。私たちは、投資をして良い成果を出すか、あるいは寄付をして良いことをするかの、伝統的な二元論の考え方に捉われています。そうではなく、どれだけお金を稼いだかだけで価値を測るのではなく、価値の本質や、キャリアや人生の中で実際に創造しようとしているものは何なのかと、もっと難解で、深い問いかけをする必要があります。インパクトとは他の誰かに与えるものとして語られがちですが、実際には相互に影響を与えるプロセスで、そこに関与することで、私たち自身にも深く影響を与えるものなのです。
日本におけるESG投資とインパクト投資
伊藤氏
銭谷さんはどのようにお考えですか?日本でも色々な種類の投資家や資産家がいて、それぞれの理解が違うと思うのですが。
銭谷氏
エマーソンさんのコンセプトには基本的に同意していますが、最初に言葉の整理をしたいと思います。国内で「インパクト投資」と呼ぶ場合、金融機関はESG投資とは分けて捉えています。この定義での日本のインパクト投資の市場規模は米国に比べてはるかに小さいです。米国では資金の出し手が主に富裕層の資産管理を行うファミリーオフィスや民間財団であり、税制も異なるため、日本で同程度の資産規模がある例は限られています。また投資を実行する私たちのような金融機関は受託者責任を負っており投資スタイルも異なります。しかし、持続可能な社会のために「長期的な資金を提供できる」という共通点もあります。
第一生命では、収益性・安全性・流動性・公共性の確保という4つの基本的な投資方針があります。第二次世界大戦後、私たちは日本企業に長期資金や株式資本を提供し、経済復興の下支えをしてきました。私たちは歴史的に、エマーソン氏が言われるインパクト投資を多く行ってきたと言えます。そして現在行っている、事業を通じてSDGsに取り組む企業を支援することにも共通する要素があります。ESG要素を統合したポートフォリオを決定し、その中で投資リスクの上限を考慮した上で、いわゆるインパクト投資を推進することは、弊社としてはごく当たり前のことなのです。また日本では、2000年前後から盛り上がり始めた社会貢献活動やSRIがリーマンショックを機に縮小してしまったという経緯もあり、現在ESG投資を語る際にはCSRやSRIとは異なり、事業活動を通じて社会課題に取り組むことが求められていると伝えています。そのためESG投資とインパクト投資を分けて考えるのが一般的です。
エマーソン氏
これまでの歴史を振り返ると、様々な投資戦略や受託者義務の種類があります。そしてそれぞれがサイロ化する中で、どれが優れたアプローチなのかという議論が出てきています。しかし私の主張は単純に言うと、全てにインパクトがあるということです。人の見方は立ち位置によって変わります。そして、重要なのは、それらがすべて正しいということです。そして間違っていることは、この業界に入ってきたばかりの主に大手金融機関の人たちがインパクト投資に対して「問題点はここ」「より良い評価基準が必要だ」と言うことです。そこに正解はありません。なぜならそれは従来の考え方を前提としており、私たちの挑戦の核心にあるのは、その考え方から脱して、資本の考え方や受託者責任について別の理解を試みることだからです。
私たちの目標は、従来の金融の伝統的な枠組みの中で流通するより多くの製品を作ることだとは思いません。目的と手段を履き違え、SDGsの評価が良ければ良い、という安易な答えに落ち着くことでもありません。重要なのは「何のために?」「ここで何をしているのか?」「取り組もうとしているWhyは何か?」を問うことです。しかし私たちは公共の場でのこの種の議論に慣れておらず、単純なことではありません。
お金は物事を可能にするツールに過ぎません。お金は、私たちが心の中で作り上げた社会的な構成要素なのです。エネルギーなのです。私たちは、生活の中で、さまざまな方法で、そのエネルギーを形作り、指示し、その一部になることができます。
そして大事なことは、答えは一時的なものであり、正解とは何かをどう考えるかで変わってくるということを意識して、問いかけのプロセスに入っていくことです。私たちはこの質問に謙虚さを持って向き合う必要があります。専門家である金融関係者が、答えが数字を超えているもの、定量的な分析を超えたものという現実を受け入れることは、とても難しいことですが、それこそがこの仕事の醍醐味なのです。
銭谷氏
米国では金融セクターがビジネスの真ん中で、市場を中心に周っているとの考えが主流ですが、日本では企業が中心で、金融機関は事業会社の支援者であると考えています。金融機関は、地域、社会、経済の活動を支えるインフラであり、非常に伝統的な日本の三方良しの価値観と言えます。その結果、財務的リターンが日米では大きく違っており、海外でとらえられる強欲な金融資本の側面とは全く異なる種類のものです。
ある調査では、100年以上の長い歴史のある企業は33,000社で日本が第1位で、グローバルの全企業数の41%を占めます。2位は米国で、その数は19,000社です。200年以上で区切ると、1位の日本には1340社あり全体の65%。2位は米国で、239社で11%です。私たち日本人がESGインテグレーションを考えるということは、こうした意味で「企業の持続可能性を考えている」ということでもあるのです。
先ほど投資ポリシーを説明しましたが、私たちは常に持続可能性について考えてきたと言うことです。我々の会社は、金融機関としてどのようにして、将来のより良い世界のために投資をすることができるのか、考えています。このコンセプトは、エマーソンさんが、著作の中で提唱しているコンセプトと基本的には同じことだと私は思います。
地域やセクターの違いと役割、相互作用に注目し、互いに学びながら発展していく
エマーソン氏
資本の目的に対する我々の理解は、社会的な構成要素であるという考えに行き着きます。それは、私たちの社会、文化、歴史を反映したものです。私が最も恐れているのは、インパクト投資とは何かという考え方が、西洋の米国金融市場の理解に支配されること、そして他の分野の人たちが概念の一部だけを適用することで、全体の核心を見逃してしまうことです。
どのようにして、目的や意味、価値についてのより深い歴史的な理解と再接続するか。私たちは皆、分自身を見つめ直す必要があると思います。地域社会、国、社会の中の私たちとは何者なのか、これらの考えのどの部分が適切で、どの部分がそうでないのか、それぞれが振り返る必要があります。
伊藤氏
エマーソンさんは様々なセクターでの経験をされる中で、セクター間の相互作用をどのように捉えていますか。また地域ごとの違いについてはどうでしょうか。
エマーソン氏
これは私が経験したことでもあるのですが、80年代の米国では、非営利セクターの資本は、政治や、動などの認識、説得に基づいて動くが、パフォーマンスには基づいていませんでした。私はそれではいけないと思うようになり、インパクト投資の世界に入りました。
90年代に米国で社会起業家精神の盛り上がりが起きたとき、私は民間部門の研究に没頭していて、公共部門の役割については真剣に考えていませんでした。今思えばとても恥ずかしいことです。英国では政府がプログラムや資金提供、法律を整備したことで社会起業家が急速に発展しました。一方で米国では民間企業がすべてを解決できると考え、政府の役割はその邪魔をしないことです。この領域で米国が欧州に遅れを取っている理由の一つは、政府が促進役として、またそれを支えるインフラの一部として、必要な役割を果たしていなかったからです。
米国だけが解決策を持っているのではなく、日本、北欧、香港と、それぞれ異なる道のりがあり、他の人に学びながら、発展していくことができるはずです。
銭谷氏
日本では2014年と2015年にスチュワードコードとコーポレートガバナンスコードが導入され、米国企業と比べて非常に低いROEの改善を機関投資家が日本企業に求めるようになっています。しかしこのROEの数値をどう上げてゆくかについて、今改めて考えることが必要です。
創業から時間が経つと、今のトップは「なぜ自分の会社が社会に存在するのか」というミッションを忘れてしまっていることがあります。そこで会社の経営者と話をする際には、企業がなぜこの社会に存在するのか、事業を通じて何ができるのかというマテリアリティを考えてもらいます。過去5年対話を続ける中で、多くの企業が、自社の存在意義を考え直し、企業文化をも変え始めてきています。
私たちが企業と対話を行う際には、最初からROEについて話をすることはありません。何故なら、ROEは事業のり組みの結果であり、企業の業績はどのように事業活動をしているか、社会がどのように企業を必要としているかで決定されると考えているからです。持続可能性の観点から申し上げると、私たちは長期的な投資家です。つまり、企業を考える上で、サステナビリティは非常に重要な要素なのです。財務的なリターンに加えて、ESG要素も非常に重要ですが、企業が持続可能であるために、財務的なリターンが必要だと考えています。
評価基準の確立には時間がかかる、大切なことは一人一人が資本の活用について考えること
伊藤氏
今ROEの議論が出ましたが、財務面だけでなく非財面を事業の評価に統合していく上で、インパクト評価の現状をどのようにお考えですか。
エマーソン氏
金融や伝統的なビジネスからこの分野に入ってくる人たちは、すぐ測定や評価、基準の話になりがちですが、現在の財務評価の指標が何十年という長い時間をかけて確立されてきたことを忘れています。現在、様々な資本や専門家、実務家が集まり、パフォーマンスや価値、リターンについての全く新しい考え方を議論しています。これは歴史的に見てもすごいことです。ステークホルダー資本主義の話で私が興味深いのは、それが議論の領域を広げているということです。企業を評価するのが財務パフォーマンスだけではないとしたら、ステークホルダーの声をどのように理解するのか。どのようにコミュニティが会社の価値を評価するかを理解するのか。すでに様々な応用的な実践があり、今後もさらに様々な視点からの意見が出てくることで、より良いものが作られていくでしょう。ただし本当に次のレベルに到達するまでには10年はかかるでしょう。
銭谷氏
私も同感です。去年のIFRS財団によるサステナビリティ基準審議会設置のコンサルテーションに多くの人が関心を持っています。私たちは、世界基準の標準化の途上にいて、社会や国による違いを踏まえた上で相互にコミュニケーションを進めることはとても大切です。
日本企業をみると、多くの企業が統合報告書を発行していますが、社会貢献活動に内容が偏っていて、事業活動を通じた社会課題の解決に沿った内容となっていません。また、多くのステークホルダーとの対話も重要であると企業に申し上げています。日本経済が低迷している理由の一つは、グローバル社会が急速に変化する中で、日本の外で起こっていることへの理解が不足しているからだと思います。
伊藤氏
残念ながら時間となってしまいました。最後にお2人からメッセージはありますか。
エマーソン氏
私たちは大きなパレードの一部だということを心から理解することです。また謙虚さを忘れてはいけません。そして、他の人たちが学んでいること、経験していること、進歩していることに耳を傾けましょう。課題や問題、起きていないことに集中しすぎないようにしましょう。なぜなら、それは勝手に解決されるからです。
歴史は非常に急速に動いています。人類が次の段階へと発展していく上で、私たちは今、非常にユニークな時期を迎えています。私たち一人一人にできることは、そのプロセスを受け入れ、その旅路を祝うことだと思います。
銭谷氏
トマ・ピケティの「21世紀の資本」で描かれている、強欲な資本主義が、いかに富裕層とそれ以外の人々との格差を拡大するかが、コロナ禍を経て一層現実のものとなっています。私たち一人一人が、資本をどのように活用するかを考えなければなりません。同時に、透明性を確保しながら、インパクトをどのように評価・測定するかについても、考える必要があります。
また、機関投資家からの投資を企業やプロジェクトが求めるのであれば、その実績やインパクトの詳細な情報を開示してもらうことを期待しています。当社がインパクト投資を始めたのも、それらの企業を支援するためです。我々の投資を通じて、日本経済を活性化させ、また将来のより良い世界のために、これからも企業を支援してゆきたいと考えています。
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