分野別例:文化芸術

分野別例:文化芸術

I. はじめに

本評価ツールでは「文化芸術」を分野として取り上げています。文化芸術分野における事業は多様で、事業毎の目標や事業規模、関わるステークホルダーなども様々に異なります。また、文化芸術に関してはその定義や、範疇が様々に変化し、その事業のスタイルも多様です。そのため網羅的に全てを取り上げることは困難なため、今回は便宜的に文化芸術の事業を分類し、社会的インパクトの測定方法を提示します。

I.1. 事業の分類と特徴

 文化芸術事業の形式は多岐に渡るため、今回は対象を絞り、下記の三つの類型を仮説として提案し、その上で社会的インパクトを抽出しやすいタイプの事業に絞り記述します。

図表1:文化芸術事業の分類

分類目標提供する形態中心的な
事業内容
対応する文化
施設や事業

ハード型

組織のミッションにかなった施設運営。恒常的な芸術鑑賞の機会提供。

ハード(施設)

展示

博物館、美術館、劇場、
コンサートホール、公共の文化施設、等

ハイブリッド型

文化施設(ハード)運営に加え、教育普及活動等を実施する。

ハード+ソフト

参加型展示、教育普及活動、アウトリーチ活動

博物館、美術館、劇場、コンサートホール、アートセンター、練習室、等

ソフト型

必ずしも文化施設のないエリアで文化事業を実施し、広く機会提供をする。

ソフト、システム

イベント事業

スポーツイベント、祭り、等
ソフト型必ずしも文化施設のないエリアで文化事業を実施し、広く機会提供をする。ソフト、システム
コミュニティ事業

地域アートプロジェクト、等

ここでは、事業モデルは施設運営を主とするハード型、施設運営に教育普及活動等の様々な活動を組み合わせたハイブリッド型(ハード+ソフト)、施設運営から離れ様々な活動を実践するソフト型の三つに大別します。具体的にはハード型は、従来の博物館や美術館や公共ホールを主たる活動とするものを指し、そこに教育普及活動等の事業実施が重要な軸として加わったものをハイブリッド型とし、最後に地域に密着した活動等、ソフト事業運営を主とした芸術祭やアートプロジェクトなどをソフト型とします。

今回は、主に周辺社会と密接に関係し事業を展開する、ハイブリッド型、ソフト型にフォーカスして社会的インパクト評価のための方法論を提示します。また、ソフト型は2つ取り上げます。ソフト型の一つ目の型はソフト型イベント事業で、地域の芸術祭等を想定しています。ソフト型の二つ目はソフト型コミュニティ事業で、地域のアートプロジェクト等を想定しています。

今回取り上げたのは、あくまでも多様な文化芸術事業のいくつかの型に過ぎません。ここには掲載できませんでしたが、上記以外の分類にあたる事業も存在しています。今後は、事例収集なども進め改善を図る予定です。

II. ロジックモデルをつくる

II.1. 事業の目標と受益者の特定

 文化芸術分野の受益者は多様であり、各事業の型毎に特定が必要ですが、広くは文化芸術を享受する市民一般とします。その中には、事業を参加者として享受する層、実際に主体的に文化芸術活動に関わる層などが存在し、参加の度合いには大きな差があります。その関わり度合いや社会的立場の違う様々な層を内包し、ある特定の個人の関わり方も、状況に応じ多様に変化していくのが文化芸術事業の享受者、参加者であり受益者であるということが特徴です。

 そのため、本評価ツールでは、事業の型毎に大きく異なるプログラム構造やステークホルダーを踏まえ、受益者を特定し、別途ロジックモデルの概要を提示します。固有の活動の変化のストーリーを踏まえ、モデル別の凡例となるロジックモデルはケーススタディから抽出作成しました。

II.2. 時間軸

本評価ツールでは、活動の社会的インパクトがどの程度の時間を経て生まれることを想定しているかを仮説としてまず示します。文化事業は概して何十年、何百年先の社会における市民の幸福に寄与することを長期的なミッションとして掲げています。一方で事業主体はその手前の3年5年10年など比較的短期や中期のスパンで、事業の価値を社会化することを目指しています。そのため、本評価ツールでは、事業の最終必達目標であり、すぐに実現できるものではない長期的なインパクトを見据えながら、おおよそ10年以内の達成目標としてのアウトカムを定義し、指標を検討していきます。事業の規模などにより、最終アウトカムへ到達する時間も異なることもありえるので、対象事業毎に検討するのがいいでしょう。

コラム 文化芸術事業の内在的アウトカム、社会的アウトカム、教育的アウトカム、経済的アウトカム

II.3. ハイブリッド型(博物館等)

図表2:文化芸術分野におけるロジックモデル例 ハイブリッド型(博物館等)

本評価ツールにおける便宜的分類として、文化芸術に関わる事業の中でも、博物館や美術館、アートセンター、オルタナティブスペース等、ハード(施設)を保有しながら、ソフト(教育普及事業等)にも注力した事業形態をハイブリッド型と分類しています。その中でも、よりハード(施設)での事業を中心に活動している事例として、博物館を想定した事例を採り上げてツールの作成を行いました。

II.3.1. 事業の目標と受益者の特定

博物館を想定したロジックモデルであるため、国際博物館会議(International Council of Museums)の定義や日本の博物館法を参照して、活動内容を「調査・研究」、「資料整備(収集・保存)」、及び「展示・教育普及」の三つに設定しています。その活動の分類や資源配分、評価のスコープ(対象範囲)については、それぞれの施設におけるミッションやビジョン等によって異なってくることに注意が必要です。

本評価ツールにおいては、社会的インパクト・マネジメントのニーズが比較的高いと考えられる、「地域」への影響をアウトカムの中心においてロジックモデルを作成しました。また、一部のアウトカムについては「地域住民」へのアウトカムを記載しています。

II.3.2. 直接アウトカム

直接アウトカムは、事業の結果として直接的に発生する変化を指しています。博物館事業の結果として期待される直接アウトカムは、大きく分けて「地域の文化資源が増える」ことと「地域住民の地域文化への理解が広がる」ことに整理しました。

前者の「地域の文化資源が増える」ことは、「地域」への影響を主眼においた際、特に調査・研究活動や、資料整備(収集・保存)活動における主要なアウトカムであり、具体的には「地域の文化資源が体系化される」、「地域の文化資源が蓄積される」、「地域の文化資源が活用される」の三つに分解しました。

後者の「地域住民の地域文化への理解が広がる」ことは、展示・教育普及活動や、資料整備(収集・保存)活動におけるアウトカムとして「アクセシビリティが向上する」、「展示・鑑賞方法が多様化する(参加型)」、「教育機会が増加する」及び「アウトリーチ活動に参加する機会が増える」に分解を試みました。この箇所は各々の活動内容によって特に多様なアウトカムが発生すると考えられます。本ロジックモデルでは地域への影響を主眼においており、この部分においては、使用整備(収集・保存)活動によって集められた所蔵品による展示・教育普及活動を通じた、地域住民への影響を中心にアウトカムを設定しています。

II.3.3. 中間アウトカム

上記の「地域の文化資源が増える」という直接アウトカムの結果として期待される中間アウトカムとしては、「地域の独自性が言語化、象徴化され、地域アイデンティティが明確化される」を設定しました。

また、「地域住民の地域文化への理解が広がる」という直接アウトカムに対しては、具体的なプログラムのアウトカム指標の向上からつながる中間アウトカムとして、「文化を通じたコミュニケーションが生まれる」という中間アウトカムを設定しました。これは「他者や地域との繋がりができる」「能動的に文化活動に携わる」「多様な価値観を理解する」という三つの要素に分解しています。これらは、様々な活動の直接的な成果が、複合的に効果を生むことで得られる中間的な成果であると考えられます。

II.3.4. 最終アウトカム

 本評価ツールでは、直接アウトカムや中間アウトカムの結果として期待される最終的なアウトカムとして、「地域の文化資本が増大する」を設定しました。これは、「次世代への継承、発展」、「生活の質の向上」、「ソーシャルインクルージョン」に整理しました。博物館事業における、調査・研究活動、資料整備(収集・保存)活動や展示・教育普及活動は、このような長期的なアウトカムにつながっており、このような長期的なアウトカムを測定、言語化することで、説得力をもたせることが可能です。この最終アウトカムは事業の使命や目的等と重なってくると考えています。

コラム 組織評価について

II.4. ソフト型(イベント事業)

図表4:文化芸術分野におけるロジックモデル例 ソフト型(イベント事業

Ⅱ.4.1.  受益者の特定

 地域を巻き込んだ文化芸術のイベント事業は、ステークホルダーが多様です。一方で主たる受益者は参加可能な一般市民全般、特に地域住民や地域外からの来場者となります。そうした参加者の意識の変化や、彼らの抱く地域のイメージの向上などを経て、文化による「地域活性化」や、市民の「生活の質の向上」といった長期的なアウトカムを、経年変化を踏まえて抽出することが重要となります。

Ⅱ.4.2. 直接アウトカム

 直接アウトカムは事業の結果として直接的に発生する変化のことを指します。地域の芸術祭等のイベントでは、まず文化芸術に触れる機会を提供します。参加者である市民はその機会を経て、「芸術への関わりが深まる」ことにより、「文化芸術の興味関心の増加」や「文化芸術の理解度の向上」を経て、「芸術活動参加の増加」が起きます。また、地域の芸術祭などでは部外者であるアーティスト等により、制作活動の一環として地域住民が見過ごしていた「地域資源の発見や見直しが進む」結果、様々な価値が見出され、「地域への親しみ・愛着の向上」が起こります。

Ⅱ.4.3. 中間アウトカム

 中間アウトカムとしては、芸術活動に直接関係する変化として、市民の文化芸術への理解度の向上に対応し、市民の「興味関心・視野が広がる」ことで、「豊かな心と感性が醸成」され、「新たな社会の見方の獲得」が促されます。また、「質の高い芸術プログラムが増加」します。地域に関わる変化としては、そうした文化的に豊かな状況が前提となり、「地域のブランド力の向上」につながります。こうしたなかで、質の高い芸術プログラムが増加し、「交流人口、関係人口の増加」が生まれます。

Ⅱ.4.4. 最終アウトカム

 様々な創造的な活動の増加により、幸福度、レジリエンス、健康度、シビックプライドが向上し、生活の質が向上します。個人の変化と関連し、文化面、経済面、観光面などの面で地域振興が実現されます。

コラム ケーススタディ:大型の文化芸術イベントの事例「六本木アートナイト

Ⅱ.4. ソフト型(コミュニティ事業)

図表6:文化芸術分野におけるロジックモデル例 ソフト型(コミュニティ事業)

Ⅱ.5.1. 受益者の特定

この事業の受益者は主に事業主体のある地域の一般市民であり、主たる目的は文化芸術を基盤としたコミュニティを活性化・豊穣化することです。このタイプの文化芸術事業では、市民が参加者やボランティアとして、新たな視点や価値観に触れ、主体的な活動を実施していく機会が提供されます。それによって生じる参加者の変化が、参加者の日常的な態度や行動、ひいては、参加者の周りにいる人々にも影響し、直接的にこの事業に参加しない地域住民へもインパクトが波及していくことを想定しています。

Ⅱ.5.2. 直接アウトカム

直接アウトカムは、事業の結果として直接的に発生する変化を指します。文化芸術分野におけるソフト型コミュニティ事業の結果として期待される初期アウトカムは、参加者の意識が変化し、「興味関心・視野が広がる」ことや、実際に「他者と出会う機会が増える」こと、さらには主体的な市民となり、「活動の担い手としての意識が芽生える」ことと整理しました。

Ⅱ.5.3. 中間アウトカム

上記の直接アウトカムの結果であり、文化芸術による地域コミュニティの活性化に達するまでの中間アウトカムとしては、参加者やその人が普段属するコミュ二ティのメンバーの、日常的な態度や行動の変化が見られます。例えば、「人々の生活が文化的に豊かになる」「他者に対する想像力が高まる」「市民主体の創造活動が増える」などが見られるようになります。

Ⅱ.5.4. 最終アウトカム

 これまでの変化の結果、最終アウトカムとして、地域の「文化度」「包接度」の向上、さらには「文化芸術による社会活動が増える」ことが想定されます。文化芸術事業は、課題解決を必ずしも直接の目的とはしませんが、魅力的な文化芸術活動は、具体的な課題解決事業とは違う層の市民を引きつけ、様々な情報提供や、新たな視点の獲得を促します。その結果、地域住民が他分野の活動へ参加する橋渡しの役割を果たすことによって、他分野の社会活動と連動し、様々な課題解決の一助となります。そのため、具体的な課題解決の度合いを測定するためには、本評価ツールの他分野の指標や測定方法を参考にするとよいでしょう。

コラム 市民主体の地域に根ざした創造活動を支援する環境づくりを行う「としまアートステーション構想」

III. アウトカムを測定する方法を決める

「II. ロジックモデルをつくる」で挙げたアウトカムを測定するためには、一般的には図表7、図表8、図表9に示すような指標、データベースで紹介する測定方法が有用です。また、文化芸術の効果の測定方法は、解決する課題や生み出す価値の種類により、多様な尺度を用いることが想定されます。状況により、他分野の尺度を援用することも検討すべきでしょう。

なお、以降で示す指標とデータベースで紹介する測定方法は、あくまで例を示したものであり、必ずこの指標や測定方法を用いて評価を行わなければならないわけではありません。評価を事業改善といった内部向けの目的で行う場合は、既存の指標や測定方法を用いるよりも、自団体が目指す具体的なアウトカムの内容に応じて、以降で例示されている指標やデータベースで紹介されている測定方法以外のものを用いるのはもちろんのこと、例示されている測定方法の質問項目を変えることが望ましい場合もあります。

以降で例示されている指標やデータベースで紹介されている測定方法は特定の価値判断を暗黙のうちに前提としている場合があります。評価を実施する目的を明確化した上で、指標や測定方法、具体的な質問項目を確認し、自団体が考える価値、アウトカムを測定する上で適切かどうかを判断してください。

また、最終アウトカムについては、その実現までに長期間を要するものも多く、指標を設定することが難しかったり、仮に指標を設定し測定することができてもその変化に事業が「貢献」したことを評価することが難しかったりする場合がほとんどです。ただし、そうだとしても事業の最終的な目的を明確化するためにも、最終アウトカムをロジックモデルとして明確化することは重要だと考えます。

Ⅲ.1.アウトカム指標と測定方法 ハイブリッド型

図表6:アウトカム指標の一覧 ハイブリッド型

Ⅲ.2.アウトカム指標と測定方法 ソフト型(イベント事業)

図表7:アウトカム指標の一覧 ソフト型(イベント事業)

Ⅲ.3.アウトカム指標と測定方法 ソフト型(コミュニティ事業)

図表8:アウトカム指標の一覧 ソフト型(コミュニティ事業)

クレジット

※所属・肩書きは評価ツール開発当時

 本分野別例は2017年6月に公開されたGSG国内諮問委員会「社会的インパクト評価ツールセット 文化芸術」の内容をもとにしています。

文化芸術評価ツール作成チーム

熊谷 薫(チームリーダー)

石幡 愛

梅原 あすな

大沢 望 株式会社大沢会計&人事コンサルタンツ

TOPに戻る