分野別例:防災
分野別例:防災
Ⅰ. はじめに
本評価ツールでは「防災」を分野として取り上げています。「防災」と言っても、その事業は多岐にわたり、例えば、下記のような事業と分類があると考えられます。
図表1:防災分野の活動分類・活動の例
分類 | 活動の例 |
---|---|
防災教育、防災リーダー育成 | 防災ワークショップ、防災用品のPR、普及啓発用書籍等の発行・出版、被災体験者の講師派遣、防災教育プログラム、防災教育ファシリテーター育成、防災コーディネーター養成、防災士資格の普及 |
自主防災組織活動支援 | 自主防災組織の構築・活動のコンサルティング |
中間支援、ネットワークづくり | 防災関連団体の交流事業 |
要配慮者支援 | 障害者施設の防災訓練・耐震診断・家具転倒防止、要援護者の名簿づくり、要援護者一人ひとりの避難計画づくり |
基金 | 障がい者市民防災活動助成金 |
被災地・被災者支援 | 被災女性支援活動、災害救援活動 |
なお、本評価ツールでは、主に、未然の対応を行うことによって災害による被害を減らす、いわゆる防災・減災対策を中心に取り扱うこととします。図表1に記載の「被災地・被災者支援」は、災害により被害を受けた地域の復旧や復興を図るものですが、災害による被害を減らすという観点の事業とは性質が異なることから、本評価ツールでは対象としていません。
Ⅱ. ロジックモデルをつくる
Ⅱ.1. 事業の目標と受益者を特定する
まず、「事業の目標」と「受益者」を特定するため、「誰に対して、どのような変化をもたらす」ことを最終目標とするかを考えます。
「どのような変化をもたらす」かの部分が「事業の目標」に当たります。防災に関する活動の最終的な目標は、災害が発生した際の損失、つまり死者やケガ人、経済的損失等を可能な限り減少させること、避難が必要となった場合や自宅で避難する場合の生活が確保されることといったものであり、これが「事業の目標」になると考えられます。
「誰に対して」の部分が「受益者」に当たります。防災の分野では、事業の実施により災害発生時の損失の減少や避難生活の確保といった利益を受ける対象・対象者は、地域やそこに住む人々、企業・団体等であることから、地域及び地域住民・企業・団体等が「受益者」になると考えられます。ただ、高齢者や障がい者のようないわゆる災害時要配慮者を対象とした事業もあり、そのような場合には対象を特定する必要があります。
Ⅱ.2. アウトカム(成果)のロジックを考える
対象事業(プログラム)のアウトカム(成果)を評価するために、まず、対象となる地域ならびにそこに住む人々にとっての、事業を通じて達成したい目標、アウトカムを達成するまでの活動および変化の因果関係を「ロジックモデル」として整理します。図表2では、「なにがどうなったらどうなる」というアウトカムのロジックを描いています。
他分野でもある程度言えることですが、防災分野では、因果関係の入れ籠状態 (AがBにつながるのと同様にBがAにつながる)が起こります。例えば、ロジックモデルの中間アウトカムとして「地域の防災人材ネットワークが活発化している」を示しましたが、これは、最終アウトカムに示した「地域住民に防災行動力が備わっている」の原因にもなり、結果にもなることです。このことに関しては、コラム「アウトカムの因果関係」を参照してください。
Ⅱ.2.1以降で、アウトカムについて具体的に説明します。
図表2:防災分野における一般的なロジックモデル
II.2.1. 直接アウトカム
直接アウトカムは、事業の結果として直接的に発生する変化のことを指します。
防災分野における具体的な事業として、たとえば、プログラム参加者に対して、災害や防災・減災に関する意識を醸成したり、知識を伝えたりといった普及啓発事業があります。
ただ、人間には、自然災害や火事といった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまい、都合の悪い情報を無視したり、「自分だけは大丈夫」「まだ大丈夫」と過小評価したりするなどして、逃げ遅れの原因となる「正常性バイアス」または「正常化の偏見」といわれる特性があるといわれています。プログラムの実施により、参加者が「正常性バイアス」の存在を含め、災害や防災に関する正しい認識を持ったり、防災・減災対策の必要性について共感したりといった認識の変化が起きなければ、防災や減災に関する知識をいくら持っていたとしても、実際の防災・減災行動に結びつかない可能性があります。
そこでまず、プログラムの参加者に対して、災害や防災に関する正しい認識と知識を持ってもらうことが重要となります。この「1.1.正しい防災意識・知識が身に付いている」が直接アウトカムに当たります。
また、防災分野では、最終アウトカムを一つのNPOだけで実現することは難しいケースも多く、地域の行政やNPO、企業等が実施している多様な活動があわさって実現される傾向があります。そこで、防災・減災を目的として活動している地域の各主体との連携がいかに図れているかが重要となります。この「2.1.多様な防災関係者の連携の機会がある」が直接アウトカムに当たります。
II.2.2. 中間アウトカム
「直接アウトカム」が生じた結果(多くの場合、それが繰り返して生じた結果)、次の段階として現れる成果が「中間アウトカム」です。
災害や防災・減災に関する意識の醸成や知識の伝達といった普及啓発事業を実施することにより、プログラム参加者が、直接アウトカムである「1.1.正しい防災意識・知識が身に付いている」状態になった後は、さらに「3.1.防災に関する行動力・心構えが身に付いている」状態になると考えられます。これが中間アウトカムに当たります。
また、プログラム参加者が「1.1.正しい防災意識・知識が身に付いている」、「3.1.防災に関する行動力・心構えが身に付いている」といった状態になることに加えて、地域における防災リーダーを養成する講座の実施や地域における防災に関連する人材の交流事業の実施等が組み合わさることにより、「4.1.地域の防災人材ネットワークが活発化している」、「4.2.様々な主体が連携した活動が行われている」といった状態につながっていくと考えられます。これらも中間アウトカムに当たります。
また、例えば、災害時の要援護者に対する支援体制の構築支援を行うNPO等であれば、支援体制が構築できており、災害が発生した際にその体制を機能させる準備が整っていれば、災害発生時にも迅速な対応ができます。このように、「5.1.災害時の支援等の準備ができている」ということも中間アウトカムに当たります。
II.2.3. 最終アウトカム
事業の最終目標である「最終アウトカム」は、直接アウトカム及び中間アウトカムの最後に現れる成果です。
たとえば、直接アウトカムである「1.1.正しい防災意識・知識が身に付いている」、中間アウトカムである「3.1.防災に関する行動力・心構えが身に付いている」といった状態になることにより、個人の防災・減災行動が促され、家具転倒防止器具や感震ブレーカーの設置といった「6.1.屋内外の安全対策が実施できている」、住宅と身を災害から守るための「6.2.住宅の耐震化・不燃化ができている」、災害発生後の生活を送るための「6.3.家庭内備蓄が充実している」といった「6.自助による災害への備えの充実」が見られることになると考えられます。これらが最終アウトカムに当たります。
また、直接アウトカムである「1.1.正しい防災意識・知識が身に付いている」、中間アウトカムである「3.1.防災に関する行動力・心構えが身に付いている」、「4.1.地域の防災人材ネットワークが活発化している」、「4.2.様々な主体が連携した活動が行われている」といった状態が組み合わさることにより、「7.1.地域住民に防災行動力が備わっている」、「7.2.地域による避難所運営体制が充実している」、「7.3.災害時の助け合いの体制が整っている」、「7.4.企業内備蓄が充実している」といった「7.地域防災力の向上」が見られることになると考えられます。これらも最終アウトカムに当たります。
以上のように、「6.自助による災害への備えの充実」、「7.地域防災力の向上」という自助・共助に加えて、行政の公助による防災・減災対策や体制の充実が加わることにより、地域の災害対応力(レジリエンス)の向上が実現されると考えられます。
そしてさらに、地域の災害対応力(レジリエンス)の向上が実現されることにより、いざ災害が発生した場合に、「8.1.災害時の死者・ケガ人が少ない」や「8.2.災害による経済的損失が少ない」といった「8.災害による被害の減少」、「9.1.避難生活の必要物資が確保されている」や「9.2.円滑に避難所運営ができる」といった「9.災害時の生活の確保」が実現されると考えられます。これらは災害発生時の結果ではありますが、防災分野における活動の最終的な目的であるという点において、最終アウトカムであるということができます。
ただ、「8.災害による被害の減少」、「9.災害時の生活の確保」といったことは、災害が発生した時にはじめて測定できるものであり、この点において、防災分野は他の分野と大きく異なることを十分認識しておくことが重要です。なお、災害による被害、例えば建物倒壊、火災発生件数、死者数、断水率等がどの程度の規模になるかは、自治体が公表している災害の被害想定で事前に確認すること自体は可能です。ただし、これらはあくまで被害の想定をさまざまなデータや条件を組み合わせて算出したものにすぎず、最終アウトカムを正確に測定することはできないことから、参考情報に留まるものといえます。また、仮に、災害発生後に被害の規模がわかったとしても、それを何と比較して被害が少なかった、防災・減災対策の成果があったといえるかは難しいところです。
以上のことを踏まえると、防災分野においてNPO等が最終アウトカムとして設定するのは、災害発生後の結果よりは、地域の災害対応力(レジリエンス)の向上とすることがよいと考えられます。ただ、その際にも、防災分野における活動の最終的な目的が「8.災害による被害の減少」、「9.災害時の生活の確保」であることは十分認識しておくことが重要です。
ロジックモデルの例
NPO等の活動が地域のアウトカムにまでつながっていくイメージ
Ⅲ. アウトカムを測定する方法を決める
「II. ロジックモデルをつくる」で挙げたアウトカムを測定するためには、図表6に示すような指標が有用です。なお、以降で示す指標とデータベースで紹介する測定方法は例示であり、必ずこの指標や測定方法を用いて評価を行わなければならないわけではありません。
評価を事業改善といった内部向けの目的で行う場合は、既存の一般的な指標や測定方法を用いるよりも、自団体が目指す具体的なアウトカムの内容に応じて、以降で掲載されている指標やデータベースで紹介されている測定方法以外のものを用いるのはもちろんのこと、例示されている測定方法の質問項目を変えることも可能です。評価を実施する目的を明確化した上で、指標や測定方法、具体的な質問項目を確認し、自分たちが考えるアウトカムを測定する上で適切かどうかを判断してください。
また、最終アウトカムについては、既存の調査における経年変化などに対し、事業の貢献度をある程度の蓋然性をもって説明できる場合があるという例示であり、当該事業に事象の変化を完全に帰属させることはできない場合がほとんどです。だとしても、事象の変化への「貢献」として事業について記述することは奨励されると考えます。
図表6:アウトカム指標の一覧
ステーク ホルダー | アウトカム の種類 | アウトカム のカテゴリ | 詳細アウトカム | 指標 |
---|---|---|---|---|
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 直接 アウトカム | 1.防災意識・知識の向上 | 1.1.正しい防災意識・知識が身に付いている | 防災知識の習得状況 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 直接 アウトカム | 1.防災意識・知識の向上 | 1.1.正しい防災意識・知識が身に付いている | 防災関連資格の取得者数 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 直接 アウトカム | 2.防災関係者間の連携 | 2.1.多様な防災関係者の連携の機会がある | 防災関係者による協議会の実施回数 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 直接 アウトカム | 2.防災関係者間の連携 | 2.1.多様な防災関係者の連携の機会がある | 防災関係者による協議会の構成主体数 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 中間 アウトカム | 3.防災行動力の向上 | 3.1.防災に関する行動力・心構えが身に付いている | 災害時にとるべき行動等の事前確認ができている人の数、割合 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 中間 アウトカム | 4.防災ネットワークの活発化 | 4.1. 地域の防災人材ネットワークが活発化している | 地域における防災リーダー数 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 中間 アウトカム | 4.防災ネットワークの活発化 | 4.2.様々な主体が連携した活動が行われている | ステークホルダーとの協議会から生まれた企画数 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 中間 アウトカム | 4.防災ネットワークの活発化 | 4.2.様々な主体が連携した活動が行われている | 協議会により改善された取組の数 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 中間 アウトカム | 5.災害時の支援体制の構築 | 5.1.災害時の支援等の準備ができている | 災害時の支援等の準備の進捗率 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 6.自助による災害への備えの充実 | 6.1.屋内外の安全対策が実施できている | 家具転倒落下防止器具の設置率 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 6.自助による災害への備えの充実 | 6.1.屋内外の安全対策が実施できている | 感震ブレーカーの設置率 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 6.自助による災害への備えの充実 | 6.1.屋内外の安全対策が実施できている | ブロック塀の安全対策の実施率 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 6.自助による災害への備えの充実 | 6.2.住宅の耐震化・不燃化ができている | 住宅の耐震化率 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 6.自助による災害への備えの充実 | 6.2.住宅の耐震化・不燃化ができている | 不燃領域率 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 6.自助による災害への備えの充実 | 6.2.住宅の耐震化・不燃化ができている | 不燃化率 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 6.自助による災害への備えの充実 | 6.3.家庭内備蓄が充実している | 3日分以上の家庭内備蓄をしている人の割合 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 6.自助による災害への備えの充実 | 6.3.家庭内備蓄が充実している | 6.3.家庭内備蓄が充実している 3日分以上の家庭内備蓄をしている人の割合 携帯ラジオ、懐中電灯、医薬品などを準備している人の割合 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 7.地域防災力の向上 | 7.1.地域住民に防災行動力が備わっている | 自主防災組織の訓練実施率 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 7.地域防災力の向上 | 7.2.地域による避難所運営体制が充実している | 避難所運営マニュアルの整備状況 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 7.地域防災力の向上 | 7.2.地域による避難所運営体制が充実している | 避難所運営訓練実施率 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 7.地域防災力の向上 | .3.災害時の助け合いの体制が整っている | 災害時に近隣の人と助け合える関係があると感じる人の割合 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 7.地域防災力の向上 | 7.3.災害時の助け合いの体制が整っている | 災害時協定締結団体数 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 7.地域防災力の向上 | 7.4.企業内備蓄が充実している | 従業員用の備蓄をしている企業等の割合 |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 8.災害による被害の減少 | 8.1.災害時の死者・ケガ人が少ない | (※被害想定の死者・ケガ人数) |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 8.災害による被害の減少 | 8.2.災害による経済的損失が少ない | |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 9.災害時の生活の確保 | 9.1.避難生活の必要物資が確保されている | |
プログラム等への 参加者及び 地域住民、地域の企業・団体等 | 最終 アウトカム | 9.災害時の生活の確保 | 9.2.円滑に避難所運営ができる |
クレジット
※所属・肩書きは評価ツール開発当時
本分野別例は2018年6月に公開されたGSG国内諮問委員会「社会的インパクト評価ツールセット 防災」の内容をもとにしています。
防災評価ツール作成チーム
森田 修康 東京都荒川区(チームリーダー)
大沢 望 株式会社大沢会計&人事コンサルタンツ
評価ツールセット作成にご協力頂いた方々(五十音順・敬称略)
特定非営利活動法人全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)
かもん まゆ 一般社団法人スマートサバイバープロジェクト(SSPJ)
多田 邦晃 杉並災害ボランティアの会
橋本 葉一 一般社団法人地域・人材共創機構