6章 社会的インパクト・マネジメントの実践ステップ

Step 2: 問題分析と課題の特定(第1ステージ:計画)

 組織の理念などにもとづき、解決を目指す社会課題や生み出したい社会的価値を特定していくのがこのステップです。対象とする社会課題や外的環境の状況、ステークホルダーとの関わり、それまでの取り組みの蓄積からわかっている知見など、事業や取り組みを運営していく上で必要な情報の収集を行います。その上で、社会課題や生み出したい社会的価値の背景や社会的文脈を検討し、取り組むべき課題を特定します。それらの内容の妥当性について検討した上で、事業目的を設定します。

意思決定の視点評価の視点
【目的】
・解決すべき課題や生み出したい社会的価値を特定する。

【作業例】
①Step1で確認した「組織の理念や方針、目標」に照らして「解決すべき課題」や「今生み出すべき社会的価値」をリスト化する。
②評価の視点から得た情報をもとに「組織が解決すべき課題」及び「生み出すべき社会的価値」を特定する(何に取り組むべきかを意思決定する)。
【目的】
・リストアップされた課題や価値が真に重要なものかを判断する。
・あるいは複数の課題・価値におけるそれぞれの重要度を検証する。

【作業例】
事業の想定対象者にインタビューを行い、課題の背景、問題の所在、具体的ニーズなどを確認し、その重要度を判断する。 アンケートなどによって、事業の想定対象者を含むステークホルダーの現状認識、意識、意見・希望、見通しなどに関する情報収集を行ない、課題等の重要度を判断する。 学術研究や他団体の事業報告書などから情報を収集し、課題等の重要度を判断する。

図表14:実践 Step2 問題分析と課題の特定のポイント

 このような課題の特定の考え方をするということは、一種の思考のクセを身につけるということです。そのために役立つ文献・書籍等も多く存在しているので、それらを活用しましょう。

なお、既存の文献・書籍等で明らかになっている様々な知見には仮説レベルのものからより強固なエビデンスを示しているものまでが存在します(図表15を参照)。

図表15:エビデンスレベル(AHCPRのグレーディング・スケール1993にもとづく)

Ⅰaランダム化比較試験のメタ・アナリシスによる
Ⅰbすくなくとも1つのランダム化比較試験による
Ⅱa少なくとも1つのよくデザインされた非ランダム化比較試験による
Ⅱb少なくとも1つの他のタイプのよくデザインされた準実験的研究による
よくデザインされた非実験的記述的研究による(比較試験、相関関係、ケースコントロール研究など)
専門家委員会のレポートや意見and/or権威者の臨床試験
出所:津谷(1999)

図表15ではよりⅠに近づくほど強固なエビデンスが示されていることを表しています(つまり、このなかでは《Ⅰa ランダム化比較試験のメタ・アナリシスによる》が最も強固なエビデンスを示したものといえます)。

既存の文献・書籍等を検索し、このような強固なエビデンスをみつけることができたならば、この後のStepはその強固なエビデンスをベースに検討・作業していくことが適切と考えられます(例えば次のStep3では、その強固なエビデンスをベースにロジックモデルを作成することが望ましい)。

もしそうでないのであれば(強固なエビデンスの発見に至らないのだとしたら)、この先で説明するいくつかのStepを経て、取り組みの正しさ(妥当性)を確かめ、場合によってはより効果的な取り組みへと発展させていくことが必要になるでしょう。

このような作業を行うにあたって、例えば、

  • 因果の連鎖について、何がどこまで実証されていて、その科学的論拠をもとに次に解明すべきどんな課題があるのかという現在地を確認するものとして、医学領域で発展してきた、PICO/PECOの考え方が役に立ちます。
  • 複雑に因果関係や相関関係が絡み合う事象の全体像を把握し、問題を生起させている社会構造を分析・把握できるようにするためには、システムマップなどの手法が役立ちます。

 取り組むべき課題がある程度特定できたら、その課題に対する効果的な打ち手としての事業構想に移ることができます。事業構想の第一歩として、起こすべき変化である事業目的を設定しましょう。

実践のヒント
  • 既存事業に関しては、これまでに得られた学びも、収集・整理する。
  • 既存事業の場合、マイナスのインパクトが生じたと考えられるステークホルダーからの情報収集も行う。
  • 当該地域で同様の事業を行っている団体があれば、重複箇所や不足している部分を明確化にしておく。
  • 以下の点について明確にし、事業目的を設定する。
    • 「何が解決すべき問題なのか」
    • 「どんなテーマに取り組みたいのか」
    • 「ほかにどのような個人・団体がその問題の解決に取り組んでいるか」
    • 「どのような人が直接の影響(負の影響の可能性も含め)を受けるか(事業対象者・受益者の特定)」

社会的インパクト・マネジメント原則の留意点

a. ステークホルダーの参加・協働【意思決定の視点】課題の特定、事業の目的設定にあたっては、想定される事業対象者・受益者、資金提供者、事業によって直接関係を受けるステークホルダーなどと話し合う機会を設けるなど、事業が社会のニーズに沿った妥当なものとなり、ステークホルダーの事業参画が進むよう留意する。
【評価の視点】ステークホルダーからの情報収集にあたっては、取り組もうとする課題や構想する事業設計から考えて、想定されるステークホルダーを網羅的に把握できているかをチェックした上で、重要なステークホルダーの課題やニーズについてはできるだけ詳細かつ正確に把握する。
c. 信頼性【評価の視点】収集した情報や参照した学術研究の信頼性や学術的根拠の程度について、必要があれば専門家の助言も仰ぎながらその有効性や有用性の検討を行う。
f. 状況適応性【意思決定の視点】このStepで行う課題の特定、事業の目的設定は、一度行って終わりではなく、状況の変化に目を配り、必要に応じて再検討ができるように常に準備しておく。

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